そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
日記、雑談、戦国、FX・・・まだまだ増えるかも? 気の向くままに言葉をつづります。
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ブログ管理人(ライター、デザイナー兼務)の『まこな。』と申します。
回りくどいこと言ってますが、要は「一人でやってる」ってことですね


このブログは2015年4月下旬に「気づかれないうちに・・・【日記とか戦国とか】」のタイトルで始まり、

2016年4月で開設1周年を迎えるのを機に、現在のタイトルに変更しました。


タイトルの「雑食系」というキーワードの通り、管理人の日記から日々思ったこと、

管理人の好きな戦国時代やFX(外国為替証拠金取引)のネタまで、

幅広いテーマでほぼ毎日更新しています。

また、ときどき数日間連続で特集記事を書くこともあります。

【過去の特集記事(リンク)】

「戦国時代の中国地方」(全17回)

「なるはやで戦国時代を知る10章」(全11回)

「2015年末特番・下剋上列伝ランキング」(全11回)

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追記でまこな。の簡単な自己紹介を載せています。

興味のある方は「続きを読む」からどうぞ。

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【関心事】勝負の世界に生きるとは。

こんにちは。


昨日から今日にかけて、将棋の藤井聡太四段の話題が飛び交っていましたね。

若干14歳にして、将棋界での連勝記録(28連勝)をプロデビューから負け無し(※)で更新したという大偉業。

(※)プロの戦績に残らない”非公式戦”では1度負けているらしいが・・・

政治や国際情勢、芸能界などで暗い話題が続いていた中、ひときわ明るいニュースとなりました。


私自身の将棋の経験は、小学生の頃友達に誘われて休み時間に指していた時くらいで

駒の動かし方や禁じ手など、基本的なルールを知っている程度なのですが

地元から女流プロとして活躍する里見香奈さんが出たこともあり、興味は持っていました。

この先どこまで連勝が伸びるのか、いつタイトルを取るのかなど、藤井四段に対する期待も持っています。


それはそれとして、まだ若い彼の連勝を止められなかった他の棋士が情けないとか、不甲斐ないとも思いません。

将棋は対局すればどうしても勝ち負けがつく世界ですし、対戦した相手も藤井四段と同じ道を歩んでプロになった棋士です。

「勝負は時の運」ともいうように、ここまでの結果だけで「藤井四段の方が強い」とは言い切れない面はあると感じます。

むしろ、藤井四段の連勝が止まった後こそ、本当のプロとしての力が試されるのではないかと思っています。

今は世の中やマスコミが完全に味方している「追い風」の状態ですが、それがなくなっても同様の実力を発揮できるのか・・・。

彼には「若さ」という武器と、それゆえの吸収力や伸びしろが存分にあるはずなので、

この先に高い壁が立ちはだかったとしても、乗り越えていく可能性は高いと思います。 というか、乗り越えていただきたいです。


また話は変わって、藤井四段の活躍で「棋士になりたい」と憧れる子どもも増えている、と報じられていました。

下手をすれば、来年の小学生の「なりたい職業ランキング」で『ユーチューバー(動画配信者)』をも抜くんじゃないか、というくらいに(笑)

もちろん憧れを持つのは大事ですし、好きなことならとことん突き詰めることができると思います。

ですが、子どももいないし人に語れるような夢も持たなかった、30代半ばのオッサンから一つだけ言わせていただきますと

「大して好きではないことをあれこれ理由をつけて続けるのは、正直苦痛ですよ?」



「○○になって成功したら、お金を稼げるから」あるいは「有名になれるから」という理由も、動機としては悪くありません。

少し前の日本なら『ハングリー精神』とか言われて、「見込みのあるヤツだ」ともてはやされたものです。

ただ、そういう思いで突き進んできた人が、成功できる見込みがなくなってしまったとしたら・・・ これは恐ろしいです。

例えば自分より若くて才能もある人間が現れて、そいつの方が稼ぐしチヤホヤされている・・・ これで平常心を保てる人は少ないでしょう。

ましてや直接対決で負けた日なんかには「オレは何のためにここまでやってきたんだ?」と追い詰められてしまうかもしれません。

そんな自分を救うには「自分はコレが好きだから続けているんだ」という、自分への信頼が必要じゃないかと思うんです。


もちろん勝負の世界ですから、勝たないことにはプロでいることを許されなくなる恐れだってあるわけですけども

その瀬戸際で運命を分けるのは「自分はこの世界で生きていたいんだ!」という強い意志ではないか、ということで。

豊かになった今の日本なら、それほどお金や知名度に執着しなくても生きてはいけますけれども

だからこそ「自分は○○が好き、だから続けるための努力も辛抱もできる」という思いを持つことができれば

将棋やスポーツの世界に限らず、社会で必要とされる人間に育っていけるのではないでしょうか。



最後に。

ここまで読んで「こいつ、ひょっとして酒入ってない??」と思ったあなた、正解です。

なんか説教くさくなってしまってスミマセン。

明日はまたくだらない事を書くと思うので、許してくださいな。

では、また。


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【日常】しゃっくり DE ビックリ。

こんにちは。

昨日は割と真面目に書いたので、今日は肩の力が抜けるような話にします。

このギャップが、このブログの面白さの一つだと思います(←自分で言うことか)。

タイトルでネタバレ気味ですが、テーマは「しゃっくり」です。


今日、職場でいきなりしゃっくりが出始め、しばらく止まりませんでした。

私の場合、マンガとかでよくある「ヒック、ヒック」という声はあまり出ないのですが

胃の下あたりから突き上げるような衝撃が、短時間に何度も繰り返されるのでかなり疲れます。

職場の先輩からも「なかなか止まらないね、大丈夫?」と心配されてしまいました。

しゃっくりの何がイヤって、いつ始まるかわからないし自分の意思で止められないところなんですよね。


医学的なことは知らないですけど、ちょっと調べたら横隔膜(おうかくまく)のけいれんで起こるようです。

さらに原因を深堀りすると、周囲の筋肉や神経に強いショックがかかった拍子にけいれんが始まるとか・・・

あるマンガでは、「お弁当に入っていた辛い料理を食べた後」にしゃっくりが止まらなくなる話がありました。

で、学校の友達とかがしゃっくりを止めようとあれこれ試すのですが、これが実際効くかどうかは微妙・・・

「驚かせるといい」と聞けば、その人の目の前で「わーっ!!」と大声を出して・・・ 背後からならまだわかりますが。

他にも「水を飲む」とか「背中をたたく」、「舌を引っ張る」というのも出てきましたが、効能はあるんでしょうか。

いずれも何かしら物理的、精神的なショックを与えて、正常な状態に戻す手段だとは思うのですが・・・。

確実にしゃっくりを止められる方法が見つかったら、その人になにか賞をあげるべきじゃないかとも思います。


あと、最近は聞きませんが「しゃっくりが100回続くと、死ぬ」という都市伝説?もありますね。

私自身、今日だけで100回どころではない数のしゃっくりが出ましたけど、もちろん生きています。

一体、誰が何のために流した情報なんでしょうかね? それこそ、当事者をビックリさせるため??

子どもの頃、友達と「何分止まったらリセットするのか?」とか本気で議論した人もいるんでしょうかね。


・・・これ以上突き詰めると疲れるので、この辺でやめます。

それでは、願わくばまた明日。


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【関心事】わからないから、おもしろい。

こんにちは。

今日は仕事が休みで、空模様もぐずつき気味でしたので

家にこもってゲームをしたり、歴史の勉強と称してブログのネタ作りをしたりで過ごしました。

昨日公開した室町幕府の基礎知識的な内容を引き継いで、次回以降も連載が続いていきますが

私自身、有名な戦国武将が活躍するより前の時代について、本腰を入れて勉強するのは初めてのことで

(高校時代に日本史を履修していなかったため)

家にあった参考書や歴史関連の本に雑誌、さらにウェブサイトも動員して情報をかき集めています。

これらをかみ砕いて自分の言葉にして、ブログ向けの文章にするのはなかなか根気のいる作業になりそうです。


私の家にある本というのも、史料と呼べるものや専門家が書き下ろした研究書の類は少なく

どちらかというと、一般の歴史ファン向けに書かれた、ある程度平易な文章で要約的な内容のものが多いです。

もちろんそれらはたいてい過去に一読し、重複する事柄が多いので一応頭に入っていましたが

いざ納得できるように説明しようとすると、情報量が圧倒的に少ないことに気づきました。


例えば、応仁の乱の解説でよく登場する「将軍・足利義政は政治に無関心だった」という一文。

自分のための読書であれば「あぁ、確かにそうだったな」で終わりになるところですが

ブログで説明しようと思えば「なぜ義政は政治に無関心だったのか?」を掘り下げないと、

ただ歴史上の事実(と思われること)を書いただけの、何の広がりも面白みもない文章になってしまいます。

・・・こういうことを言い過ぎると自分のハードルを上げることになっちゃいますが(苦笑)


「知らない」とか「わからない」ことは悪いことじゃなくて、これから知って成長できる余地があるということです。

ですから、このブログに歴史ネタ目当てで来ている人はあまりいないと思いますが(←どうでしょうか?)

「興味がない、わからないから読まない」はもったいないので、ぜひ一度読んでみてほしいと思います。

なおかつ感想や質問などいただけると連載の励みにもなりますので、どうぞよろしくお願いします。


・・・ブロガーの端くれとしての本音が出たところで、今日はこれまで。


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【戦国時代】シリーズ「落日」 プロローグ・2 室町幕府の守護と管領

こんにちは。

先週から始まった戦国ネタの新シリーズ『落日 ~室町幕府・終焉への道~』

今日はその第2回目として、室町幕府を読み解くうえで必要になる用語の知識をご紹介します。

これを理解していないと、本編で説明する幕府権力の崩壊の過程が分かりづらくなりますので

ちょっと説明がくどくなるかもしれませんが、読んでおいていただきたいと思います。


室町幕府における最高権力者は、もちろん足利家が世襲した将軍(征夷大将軍)職になるわけですが

彼ひとりの力では、当時60数か国に分かれていた日本全土を治めることは到底できません。

そこで、幕府は「守護(しゅご)」という役職をそれぞれの国で有力な武士に与え(※)

幕府の基本政策や法律に従って、その国内にいる武士の統率や、治安の維持を担当させるよう定めました。

これは鎌倉幕府でも適用されていた政策で、当初は大きな混乱は起こらなかったようです。

(※)京都の周辺など重要な国では、足利家の親戚筋や、戦で大きな手柄をあげた武将が抜擢されるケースもあった。

   また、地域によっては「鎌倉府」や「関東管領」、「奥州探題」等も置かれたが、ここでは省略。


しかし、武士による政治的支配を強めたいと考えていた室町幕府は、守護制度の改革に着手します。

前述の通り、従来の守護の権限は警察的な色合いが強く、また武士の間でしか通用しないものでした。

特に、京都在住の貴族の私有地である「荘園(しょうえん)」に対して、武士が介入する術はなかったのです。

そこで、幕府は「半済令(はんぜいれい)」という新たな決まりを作ります。

これは、『荘園や幕府の直轄地で発生する年貢の半分を、守護が徴収することができる』というもので

貴族の収入や国内での影響力を削ぐのと同時に、守護が領国経営や軍備拡張にその収益を当てることができるようになり

結果的に、その国内における守護やそれに従う武士の影響力は、飛躍的に増大していくことになったのです。


自前の兵力と財力を得た守護の中には、幕府の指示より自らの判断を優先して領国経営を行うものもあらわれました。

こうした存在を「守護大名(しゅごだいみょう)」と呼びます。

戦国時代の主役である「戦国大名」とは定義づけが異なるのですが、その説明は今回は割愛します。

幕府はそうした守護大名に複数の国の守護を任せたり、京都に住まわせて中央政治に参加させるなど(※)

あくまで「守護は幕府の支配下」であるということを見せようとしますが、時には実力行使も行いました。

特に3代将軍・足利義満や6代将軍・足利義教(よしのり)は、何かしらの言いがかりをつけて

幕府に非協力的な守護大名の討伐を行い、その力を削ぐことも度々あったとされています。

(※)守護が不在の間の領国経営は、守護の家臣から「守護代」が任命され、その任にあたった。

   のちに、守護代の身分から戦国大名として名を馳せる家も数多く存在する。


中央政治に関連して、特に大きな権限を持ったのが「管領(かんれい)」です。

「管領」は将軍の補佐役、また政権のまとめ役という権限を持ち、『幕府のナンバー2』ともいえる役職です。

現代の日本に例えれば、「内閣官房長官」にあたるポストと考えて頂ければ良いかもしれません。

「管領」には足利家と特に縁の深かった細川家・斯波(しば)家・畠山家の3家から交代で任命される決まりになっていて、

この3家はそれぞれが複数の領地を治める、強力な守護大名家でもありました。

室町幕府の将軍はこの管領の助けのもと、守護大名との力関係を維持しながら政権を運営していったのです。


ところが、これも守護大名同様、将軍の権力に陰りが見えると同時にほころびが現れはじめます。

将軍に政治を動かす力が無いとされれば、政治の方針は当然のように管領の判断にゆだねられます。

管領が幕府の方針に従ってくれれば良いものの、もし自分の利害や損得で政治の方向性を決めていたとしたら・・・?

そして、戦国時代のはじまりとされる「応仁の乱」に至る経緯にも、そんな守護大名や管領の思惑が見え隠れするのです。


ということで、今日はここまで。 まとめると、こんな感じ。

室町幕府の基礎知識 守護と管領


次回は、「応仁の乱」の幕が上がるまでの、室町幕府の混乱ぶりを見ていこうと思います。

戦国武将の活躍した時代はまだまだ遠いですが、よろしくどうぞお付き合いのほどを。


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