そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
日記、雑談、戦国、FX・・・まだまだ増えるかも? 気の向くままに言葉をつづります。
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【旅日記】長野旅・13話「決闘」

こんばんは。

日に日に朝晩の寒さが厳しくなっていますが、いかがお過ごしでしょうか。

ダラダラと書きつづってきた旅日記も、今日から4日目。

長野での日程を終え、鳥取への帰路につくことになりました。


もちろん、この前日に起こった大きな地震に対する

不安は抱えたままですが、こんな旅は一生に何度もできないので

土日をたっぷり使って、途中で寄り道をしながら帰ることにしました。

とりあえず、予約したホテルのある滋賀県彦根市を目指します。


3泊したホテルをチェックアウトし、長野市の中心部から車で15分。

長野観光の最後に選んだのは、やはりこの場所でした。

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歴史ファンでなくても、知っている方も多いでしょう。

戦国時代を代表する有力大名・武田信玄と上杉謙信(※)。

この両者が5度にわたってしのぎを削った、川中島の戦い。

その最激戦となった4回目戦いの主戦場・八幡原(はちまんばら)です。

現在、この一帯は公園になっています。

(※)4回目の戦いの頃は、上杉政虎と名乗っていた。


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大河ドラマ「真田丸」では触れられていませんが、

真田信繁(幸村)の祖父・真田幸隆(幸綱・一徳斎)も参戦したといわれていて

真田と武田のつながりを紹介する催しも開かれていたようです。


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公園の一角にある、八幡神社。

このあたりが、伝説に残る「一騎討ち」の舞台だったとされています。

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よく見ると、諏訪大社と同じ「タケミナカタ」神をまつっているようです。

上杉謙信が「軍神」の異名を持つ「毘沙門天」を深く信仰していたのはよく知られていますが、

信玄ら武田家にとっての「軍神」は、諏訪の神だったということでしょうか。


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1561年に行われた4度目の川中島の戦いの流れについては

以前のブログでも紹介したとおりですが、後世の創作である可能性もあるんですよね。

ただ、両軍ともに大きな被害を出したのは確かなようです。

謙信が単騎で武田軍の本陣に斬り込み、信玄がその太刀を軍配で防ぐ・・・

本当だったら、まるでバトルマンガの一場面のようですね(苦笑)

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「信濃を荒らす不埒者め! 毘沙門天の名のもとに、貴様を成敗いたす!」

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「笑止! お主のごとき若輩者に討てるほど、この信玄の首は安くないぞ?」

やはり、この2人が並ぶと絵になるというか、

江戸時代の人がいろいろ想像したくなるのも分かる気がしますね(笑)

写真やテレビでしか見たことのなかった場所に立てて、満足なのでした。


おまけ。
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この日は霧が出ていなかったですけど、お約束。(トイレです)

次回は14話「信州」ということで、長野編のラストになります。

お楽しみにー。



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【旅日記】長野旅・12話「変更」

こんばんは。

さっそく昨日の続きといきましょう。


諏訪大社に参拝中、自宅のある鳥取で大地震が発生したことを知り

限られた情報の中で不安を抱えたまま、目的地を回りました。


諏訪大社・下社秋宮の鳥居(再掲)
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お湯がわき出る、龍の口。
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下社秋宮の神楽殿。
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秋宮から車で約10分、下社春宮の鳥居。
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春宮の神楽殿。 これにて4社コンプリート。
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分かる人にはわかる、諏訪大社ならではの絵馬。
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・・・と、最低限の目的は達成できたので

予定の時間を大幅に早めて、長野市へ戻ることにしました。

車内では、もちろんラジオでニュースを聞きながら。

余震の速報が頻繁に入り、被害の状況がつかめないので

早くホテルに帰ってテレビを見たい、という思いでした。


車を走らせること1時間半、ようやくホテルに到着。

部屋に入るとすぐにテレビをつけ、チャンネルを回します。

やはりというか震源近くでは建物の被害も大きいようで、

道路のひび割れなども確認できました。


ここで思ったのが、帰りのルートをどうするかということ。

もともとの予定では、京都まで高速道路で帰り

そこからは国道9号線をたどろうと思っていたのです。


しかし、ニュースで道路への被害も出ていると言われたこと、

またこの段階では今年4月の熊本地震のように

さらに大きな地震が発生する可能性も否定できなかったため、

鳥取県横断は諦め、中国自動車道を使うことにしたのでした。


それにしても、6時のニュースではどの放送局もトップで

地震を報道していましたが、15分もすると他のニュースに移り、

一番長く地震を報道していたのは、山陰地方では放送していない局でした・・・(涙)

まぁ、幸い津波も来ず死者も出なかったので、緊急度は高くないと判断されたのでしょう。

地元以外ではこの程度の反応なのだな・・・と感じた出来事でした。

なお、この日までの走行距離はこんな感じ。 この日は200km程度の上積みです。
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次回からいよいよ4日目、長野を発つ日が来ました。

第13話は「決闘」ということで、あの名所を紹介します。



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【旅日記】長野旅・11話「暗転」

【ここまでのあらすじ】

前からの夢であった長野への小旅行へ出かけたまこな。は、

上田城や善光寺などの有名な観光スポットを堪能した後、

御柱祭の余韻冷めやらぬ、諏訪の地へ足を踏み入れていた。

諏訪大社の4社全てに参拝すべく、その3番目となる

下社秋宮の境内を歩いている時、それは起こった・・・!


天気が良い割に人の姿もまばらな境内をぶらぶらしていると、

スマホから電話の着信音が鳴りました。

仕事の電話かと思いきや、表示されている名前はある親戚。

旅行に出ることも伝えていないけど、いったい何の用事だろう。

ひとまず、電話に出てみることに。


「もしもし?」

「もしもし!? 今、だいじょうぶ!?」

「え? 特に何もないけど。」

「さっき、鳥取で大きな地震があったでしょ!?」

「え? そうなの?」


「そうなのって・・・ かなり揺れたんじゃないの?」

「いや、実はいま長野にいて・・・」

「はぁ? 何だそれ!?」

「うん、なんか、ごめん・・・」


という感じで、心配してくれた親戚に肩すかしを食らわせてしまった私でしたが

屋外でテレビを見ることもできず、すぐ車に戻ってラジオをつけました。

しかし、普段使っている山陰での周波数では、長野の電波を拾えず。

神社の職員さんに周波数を聞いても分からなかったので、スマホでどうにか調べ。

ようやく繋がったラジオ放送では「鳥取県で震度6弱」という衝撃的な内容に加えて

余震とみられる地震の速報が数分おきに流れてきました。


これは、浮かれ気分で観光している場合ではない。

まずは職場の無事を確かめようと電話をしましたが、皆同じ事を考えたのか

鳥取県内の固定電話は非常に混み合っていて、つながらず。

上司の携帯にかけたものの、上司もこの日は出張で県外にいて(無事は伝えました)、

この日は結局、自宅周辺や職場の様子は分からずじまいでした。

ホテルに戻るまでの間、ラジオやツイッターから入る情報が全てという状態で

非常に不安な時間を過ごすことになったのです。


とはいいながら、もう二度と来ないかもしれない場所の観光はしておきたい。

最低限の目的地を巡回しつつ、予定時間を大幅に早めて宿のある長野市内へと戻りました。

そこで撮った写真も、一応明日のブログにアップする予定です。

次回のタイトルは「変更」とさせてください。(変わる可能性もあります)


それでは、また。



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【旅日記】長野旅・10話「信仰」

こんばんは。

体調もどうにか良くなり、旅日記の再開です。

でも、実は今日の更新も危うかったんですよ・・・。

スマホにとりためた旅の写真をFC2ブログのサーバーにアップしようとしたら

何回やってもエラーが出て、写真は諦めようかと思ったんです。

歯医者から帰ってきてもう一度試したら、なんとかうまくいきましたが。

最近、ブログ周りの不具合が多い気がします・・・皆さんは大丈夫でしょうか?


さてさて、楽屋裏の話はこの辺にして、本編にいきましょう。

第10話「信仰」のはじまり、はじまり。


諏訪大社の玄関口・上社前宮を後にした私が次に向かったのは。

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「神長官・守矢資料館」

こちらには、古代から諏訪大社での祭祀や祈祷を受け継いできたという

「守矢(もりや)家」にまつわる資料や展示が置かれています。

「守矢」という姓を聞いて、ピンときた方は私と話が合うかもしれないし、合わないかもしれません。

ピンともZUNとも来なかった方は、気にせず読みとばしてください


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まぁ長々と書いてありますが・・・要するに守矢家は、諏訪と切っても切れない一族だということ。

戦国時代に信濃を制圧した武田信玄も、諏訪大社と守矢家を保護し、諏訪の神を信仰したそうです。

信玄が当時の守矢家当主にあてたという書状も残っていて、興味深かったです。

かの有名な「御柱祭」は、当時の諏訪の人々にとっても一大イベントだったのでしょうか。

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資料館の敷地内にある、小さなほこら。

以前紹介した「タケミナカタ」の前に諏訪を治めていた神様(ミシャクジ神)を祀ったものだそうで

諏訪大社と同じく、サイズは小さいですが四方に柱が立っているのが特徴です。

こういうところにも、諏訪の人々の信仰心が連綿と受け継がれているのが分かりますね。


次に訪れたのは、諏訪神社の上社・本宮です。

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後で下社にもお参りして分かったことですが、この本宮が一番規模が大きく

観光客も大勢訪れて賑わいを見せていました。(ちょうどお昼前だったからかもしれませんが)

御柱の写真は省略しますが、広い境内を囲むように4か所に立っているのを確認しました。

また、戦国時代好きなら参拝と同時に訪れたい場所が、こちら。

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本宮のすぐ近くにある「法華寺」です。

大河ドラマ「真田丸」にも登場したお寺ですが、覚えていますでしょうか?

第4話「挑戦」で、真田昌幸・信繁(幸村)親子が織田信長に会ったシーンの舞台です。

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信長が「偉そうな口聞くんじゃねぇ!」と光秀をボッコボコにしたのも、このお寺・・・らしい。

両者の怨念に乗り移られても困るので(苦笑)、写真だけ撮って退散しました。


そういえば、こんな話はご存じでしょうか?

日本で(旧暦の)10月のことは全国的に「神無月」と言いますが

私の故郷・島根県出雲地方では「神在月(かみありづき)」と言っています。

これは、毎年この時期に全国の神様が出雲大社へ集合するから、とされていますが

実は、この諏訪地方の人々も10月を「神在月」と言っているそうなんです。


これをどこかで聞いた覚えがあったので、諏訪大社の関係者に訪ねてみると

「確かに、諏訪地方では『神在月』といいますよ」という答えが返ってきました。

この理由は諸説あるようですが、

「諏訪の神様は身体が非常に大きく、首を伸ばして顔だけ出雲大社に出すから」とか

「出雲を追い出された時に『帰ってくるな』と言われ、行きたくても行けないから」とか言われているそうで。

何にしても、地元の人々に愛されている神様であることは間違いないです。


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そりゃ、こんな可愛い神様がいたら何度でもお参りしたい・・・ゲフンゲフン。

つい興奮して、本性があらわれてしまいました。 お詫び申し上げます。


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気を取り直して、次なる参拝の地へと向かいます。

なお、昼食には「峠の釜めし」を食べました。 現在は直売店やサービスエリアで買えるんですね。

諏訪湖をほぼ半周し、たどりついたのは諏訪大社・下社秋宮。

車を降りて境内に入った時、まさかあんな事が起ころうとは思いもしなかったのです・・・。


次回、第11話「暗転」。  果たして、まこな。の運命やいかに。



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【旅日記】長野旅・9.5話「休載」

こんばんは。

タイトル通り、今日は「休載」です。

(しかもまたPCの誤作動で途中送信されてるし・・・)


外出先から帰ってきて、ちょっと熱っぽいなと思って体温を測ったら

いつもより高くて、吐き気や全身のだるさも感じます。

今日は昨日に比べて寒くなったので、身体にダメージが来たのかもしれません。

明日の仕事はどうしても休めないし、パソコンに集中するのもしんどい状態なので

本日予定していた内容は、明日の「真田丸」レビューをはさんで火曜日にお送りします。

申し訳ありませんが、どうかご了承ください。


というか、「真田丸」もちゃんと見られるか分からないほど身体がしんどい・・・

とにかく今日は早く寝よう。 それしかない。

では、そういうことで。


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