そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
日記、雑談、戦国、FX・・・まだまだ増えるかも? 気の向くままに言葉をつづります。
【雑感】お金も知識も、貯めるだけより使っていかないとね。

こんばんは。

これって、もう以前にも書いている話かもしれないけど書きますわ。

今日言いたいことはサブタイトルの通りです。

いえ、別に「大企業の内部留保が・・・」的な話をしたいわけじゃないですけどね。

あくまで自分がふと感じたことなので、そういうのを期待した方もお気になさらず。


”お金”と”知識”って、あればあるだけ重宝がられるし、人から一目置かれるじゃないですか。

だから、人は(できるだけ楽をして)お金を手に入れたいと思うし、知りたいと思ったことを勉強するんでしょう。

でも、それを貯めるだけ貯めた状態で過ごすのって、なかなかしんどい気がするんです。

お金が貯まると、今度はそれをなるべく減らしたくなくて、生活費や自己投資を削りたくなってしまうし(私だけだろうか?)

知識を貯めるだけだと、脳の容量にも限りがあるのでどんどん上書きしていかないといけなくて、結局忘れてしまうとか。


特に脳の上書きということで言うと「これはいいブログのネタになるな」と思って仕入れた情報を

「でも今日は書くの面倒だなー」なんて放置していて数日後にはすっかり忘れてしまっているとか、私にはよくあります。

お金は将来の備えとかにも使えるのでまた違う気もしますが、例え少額の買い物といえども

「今これを買ったら無駄遣いになるかなー」と思うと、やはり窮屈な思いをすることもあるんですよね。


なので私は、先月からパソコンで簡単な家計簿をつけることにしました。

家計簿といっても根がズボラな私のことですから、いちいち毎日記録せずにいいように

『1か月分の収入と預金残高、支出の内訳とその総額』をまとめて、エクセルに書き込んだだけのものですが。

でもこれをやると「今月はどれくらい自由に使えるお金があるか」というのが見て分かるので、精神的にはラクです。

もちろん、家計防衛のやりくりの鉄則として『先取り預金』というか『収入-預金=支出』のルールは守るようにしたうえで。


かの豊臣秀吉公も、こんな事を言っていたといいます。

「金銀を蔵に貯めたままにしておくのは、優秀な人材に仕事をさせないのと同じで、もったいないことだ」

今風に言えば『お金や知識は、いざという時にはパーッと使いましょう』ということかもしれません。

その『いざという時』の見極めが難しい現代と未来であることは承知で、そういう”勘”を養っていきたいものです。

でも無駄遣いも楽しいよね・・・ このブログでもどれだけ時間と知識をムダにしてきたかゲフンゲフン


そういうわけで、今日もオチは特にありません。 おやすみなさい。

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【雑感】過去にこだわらないための、具体的な練習の方法。

こんばんは。

今日は【日常】以外のネタで攻めようと思っていたので、ちょっと語ります。


昨日、出先でふと読んでいた新聞の中に、気になる記事を見つけました。

読者からの人生相談に各方面の識者がアドバイスをする、という内容のものですが

その回の相談者は『親に自分の進路希望を認めてもらえず、人生を棒に振らされた』と嘆く若者だったと思います。

それに対する回答の中で、このような一文が私の目を引きました。


「『過去を引きずらない』とは、『過去は変えられない』と知ることです。」


私自身もメンタルが不調だった時には、よく周りから「あまり過去を引きずるな」とアドバイスされました。

しかし、私には「どうやったら『過去を引きずらずに済む』のか」その方法が分かりませんでした。

引きずらないで済むなら自分でもそうしたい。 でもその方法が分からないのに、どうしたらいいのか。

もしかして普通の人には自然にできることなのか。 それができない自分はダメな人間じゃないか・・・  と考え込んでしまったり。

『過去を引きずらない』ためには、まず『過去のことは変えられない』という事実を受け止めることが必要だと知りました。


その上で、回答者は具体的に『過去を引きずらない』方法の例も挙げてくれました。

例えば、図書館に行って小説でもノンフィクションでも、自分が読んだことがない本をひたすら読んでいく。

自分とは異なる境遇や考え方を持つ他人の人生を知ることで、自分の存在に奥行きを持たせる練習なのだそう。

同時に『まだ読んだことがない本』というのも重要で、人は新しい知識や経験を手に入れれば入れるほど

自分の中で『過去に起こったイヤなこと』が占める比率が相対的に下がり、自然とそれを振り返る時間も減るのだとか。

読書でなくても、『新しいことを始めるのに、その人の年齢や過去は関係ない』というのは、正しいのかもしれません。


顔も名前も知らない他人へのエールでしたが、少し勇気づけられた私は明日からちょっとした新しい出会いを求めて行動してみようと思います。

というわけで、今週もブログの方はそれなりにやっていきますので、よろしくお願いします。

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【雑感】「競争」が少しでも「協創」に変われば、働き方の変化につながるのかな?

こんにちは。

現在、台風18号が私の住む地方に接近中のようで、雨と風がすごいです。

明日も朝早くから仕事なので、それまでに被害や影響が残っていなければ良いのですが。


さて、今日の話題はまたしてもグルグル考えた内容から。

多分ネタとしても全くまとまらない気がしますが、それもこのブログの味ということでお願いします。


発端は、今週のいつだったかテレビで見たニュースでした。

どこぞの地域で複数のスーパーが、もやしや大根などの野菜を「1円」で売っていて

「これは適正な価格ではない」と国の機関から指導を受けていた、という話です。

ニュースでは『安売り競争が行き過ぎた背景』や、『もやし生産者の悲鳴(かけた手間に見合う値段で売ってほしい)』も伝えていました。

確かに私自身も、日々消費する食品や日用品を購入するなら少しでも安い方が正直嬉しいのですが

世の中のすべてのお店が「とにかく安く売って、コストを下げて利益を出そう」となったら、恐ろしいことになると思います。


モノやサービスを提供して客から対価を受け取る、いわゆる『サービス業』で利益を伸ばすには、思いつく方法が3通りあります。

①今までより良い、または同業他社にない新しいモノやサービスを提供し、付加価値によって客単価を上げる

②同じ商品を同業他社より安く売り出して、単価は下がってもより多く買ってもらいトータルで儲ける

③人件費や仲介業者への手数料を引き下げ、売り上げが伸びなくても利益が出ているように見せかける


③はその場しのぎでしかなくいずれ行き詰まるので、現実的に企業がとるべき戦略は①か②になるはずです。


ただ、どちらにしても同業他社との「競争」は避けられず、購入する側の消費意欲や可処分所得が拡大しつづけなければ

ある会社の売り上げが伸びれば他社の売り上げは減り、負け続けた企業は倒産して社員は路頭に迷うことになります。

『それが現代の市場経済のルール』といってしまえばそれまでですが、競争に勝ち続けるために全力を超えて働き続けて

心身の健康を害したり、家族や親しい人を顧みることもできなくなってしまう労働者が増えてきているようにも思います。


まして、現代のように科学技術が進歩して、革新的なアイデアや新商品をコンスタントに生み出すことが容易ではなくなると、

①の方法をとれるのはごく限られた(構成員が優秀で、潤沢な資金があり、そしておそらく運の良い)企業のみで、

ほとんどの企業は②の方法をとらざるを得ず、なおかつ③を同時並行で進めながら社員を養っているような気がします。

(そして売り上げでコストをまかないきれなくなると、正社員を減らして人件費の安い非正規や派遣で穴埋めする)

いや、本当に非正規や派遣がコストカットに効果的なのかは、私も専門ではないので知らないのですが・・・


こうして「競争」を繰り返して、勝ち残った企業だけで経済を回していけば、社会に居場所がなくなる人はどんどん増えると思います。

居場所がなくなれば社会と関わる自信や意欲もなくなり、なおかつ誰も救ってくれないとなると、どうなってしまうのでしょうか。

最初から「競争」をできるだけ回避できるとすれば、やはり地方自治体の職員など公務員に勝るものはないのでしょうか。


同じ「きょうそう」と読むならば「協創」、つまり「協力して創り出す」仕事を増やしていくことはできないでしょうか。

異なる専門分野や人生経験を持つ複数の人がチームを組めば、単一の分野や能力に特化した集団よりも

世の中をアッと驚かせる商品とかサービスのヒントを見つけることが容易になったりしないかな、なんて思います。

同時に、人間を評価する視点が増えれば増えるほど、職を探している個人それぞれの『できること』にスポットが当たって

少し前の就職難の時みたいなごく一部の優秀な学生だけに大手企業の採用内定が集中することもなくなるかも。

そもそも『学歴』とか『履歴書』、あと短時間の面接だけでその人のすべてを分かった気になっている企業もずいぶん横柄なものですが


そのために、自分のやってきたことや強みをぼんやりとでも把握して「自分には何ができるのか」をアピールする練習と

それを必要としている他人と探してコンタクトをとろうとする「(相手を選んだ上での)コミュニケーション力」は、

これからますます先が見えにくくなる時代を生きることになる若い人たちには、重要なのかもしれません。

もちろん、もうすでに「競争」に巻き込まれている人、あるいは何等かの理由で「競争」から降りた人にも言えることですが。

まずは自分が変わらなければ説得力もないので、今からでもできる範囲で「協創力」を磨いていきたいと思います。


今日の独り言は以上です。

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【雑感】若いっていうのは、ただそれだけで潜在能力なんだから。

こんにちは。

今日も仕事で、疲れて帰ってきましたー。

私の職場は、月曜日の午後から火曜日の午前中にかけてが1週間で一番忙しいのです。

(これだけの情報でも、分かる人には業種が分かっちゃうんでしょうけど・・・)

とはいえ、仕事させてもらえているだけでも今は充分。 ちょっとは先を見据えて、今後を考えてもいきたいけどね。


ふと思ったけど、今どきの若い人は多くの会社で『即戦力』として期待されているから、ちょっと大変だね。

そりゃ会社としては、雇ってすぐにでも給料に見合う、というか給料以上の仕事をしてほしいから

学歴や心身の健康、一般常識にコミュニケーション能力などを、何段階にも分けて厳しくチェックしているんだろうけど。

そうは言っても、大抵の仕事はやはり経験を積んでいかないと上手くならないものだし、

いきなり同じ土俵で上司や先輩に勝てる事はなかなかない(あるとすれば、誰がやっても変わらないような雑用かもしれない)。


一番大事な自分の心身をすり減らしてまで、『お金』とか『やりがい』のために働くというのも、若いうちなら通用するのかもしれないけど

私くらいのオッサンになると、一つの選択ミスでやり直しのできない状態に陥るかもしれないから、慎重にならざるを得ないよね。

若い人と同じくらいの仕事しかできなかったら、確実に仕事を取られちゃうわけだし。 この歳になっても日々勉強です。

実際、私が3か月かけて覚えた仕事を、最近入った若い人は1か月くらいでマスターしちゃうんだ・・・


サブタイトルでも書いたけど、若いってことはそれだけで「能力」だと思っている。

仕事や人生における経験値的なものでは無いけど、逆に言えば「これから、いかようにも変えていける」わけだからね。

もちろん、生まれ育った環境とか家族の問題とか、社会制度や法律の縛りなんかで(今は)身動きがとれない人だっていると思うけど

それが一生ついて回るという確約は無いわけだし、とりあえず今の自分に必要なこと、やってみたいことを一つでもやっておいたら

将来思わぬ形で仕事につながったり、新たな人との出会いを生むかもしれないから。 何かの世界で有名になるチャンスもめぐってくるかも。


私はもうオッサンで(本日2回目)若い頃をやり直すことはできないから、これを読んだ若い人には私の分までチャレンジしてみてほしいんだ。

失敗したって、それを経験値だと思って次につなげればいい。 人生はトライアンドエラー、そしてまたトライすればいいんです。

(でも、エラーした後に原因と対策を考えて、またトライするだけの余力は残しておかないとダメよ)


うん、【人生(仮)】というには薄っぺらい独り言だから、【雑感】にしておきます(なお、本日は酒は入っておりません)。

それでは、今日はこのへんで。

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【雑感】教えるというより、気にかけていると言った方がいいのかな。

こんばんは。

9月に入り、一気に日が短くなったように感じますね。

日中は暑さも残りますが、夕方はずいぶん過ごしやすくなりました。

一日の温度差が大きいと体調を崩しやすくなるので、気を付けたいところです。


さて、ここから本題。

最近、私の仕事場に続けざまに新しい人が入ってきています。

毎回、最初の数日は社員さんがほぼ付きっきりで仕事を教えていますが

1~2週間もすれば、ほとんど一人で仕事の流れに乗ることを要求されます。

以前にも言った通り、この仕事は特別な知識や技能は要求されない単純作業がメインなので

大きなトラブルになることは少ないのですが、対処したことの無い事態に出くわして、手が止まってしまうこともあります。

そういう時には、職歴3か月の私でもフォローに入る側になり、対処法を説明したり、実際にやってみせたりします。

今日もそんな事があって、その様子を見ていた同僚から「教えるのがうまいなー」なんて言われました。

でも、自分自身では「困っている(ように見えた)から声をかけた」だけであって、仕事を教えるのがうまいかどうかは分かりません。


私も今の職場に入ってすぐの頃は、分からないことがたくさんあって、その都度上司や先輩の方に教わりました。

その方たちが自分でやった方が仕事も早く進むのですが、私を戦力として育てようとして時間を割いてくれたのだと思います。

そのおかげで、一人前というのはおこがましいですが一通りの作業は問題なくこなせるようになりました。

教えてもらった通りにやる仕事だけでなく、自分で考えて判断して進める必要がある場面も含めて、です。

私が持っている全てのことを相手に教えても、相手がどう行動するのかを決めるのは私ではありません。

だとすれば、後から入ってきた人に対して私ができることは、おのずと見えてくる気がするのです。


「私は、あなたの事を気にかけている。 困った時は力になれる(かもしれない)から、遠慮なく声をかけてほしい。」


偉そうに聞こえるかもしれませんが、新しく入ってくる人に対しては

どうにかして「いつか、私以上に仕事ができるようになってほしい」思いがあります。

教えたことを相手が忠実に守るのは、見ていて気分がいいのかもしれませんが、それでは私より上には行けません。

だから、私が想定していなかった行動を相手がとっても、それが仕事を進める上で有益ならば、ためらいなく褒めます。

(もっと若い頃の自分なら、「余計な事をするな」と注意していたかもしれませんが・・・)


この件については、今後もいろいろ考えながら記事にするかもしれません。

今日はもう時間も遅いので、このへんで。

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