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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【雑感】コンビニのおでんは確かに美味しい。 労力に見合った利益が出てるかは知らんけど。

こんばんは。

タイトルに「コンビニのおでん」と書いておきながら、今日の夕飯は母が昨日から仕込んでいたおでんだったブログ主です(タイトル詐欺?)

実家にいると当たり前のように手作りのおでんが出てきますけど、一人暮らしではそうもいかず「コンビニのおでん」が時々恋しくなってました。

大手のコンビニ各社とも”冬場の主力商品”と位置付けて資金と開発力を投入しているようで、素材や味付けが改良され続けています。


一方、ブログ主は2年前に”ある大手コンビニ”の商品仕分け倉庫で、大量の”おでんダネ”を早朝から仕分けていた経験があります。

魚のすり身で作った”練り物”などは大体そのまま、大根や玉子は下味がついた状態のものが袋や容器に入って、倉庫に運ばれてきます。

それを各店舗の注文通りの数でコンテナに入れていく・・・”70円均一セール”なんかあった日には、どの店もからも大量の注文があって

他の商品なども含めて「配送トラックの出発時間」に間に合わせないといけなかったので、文字通り目が回るような忙しさでした(汗)


今になって思うのは、「材料の仕入れから加工や配送の費用、さらに従業員の人件費まで差し引いたら、利益は残るのかしら?」なんて。

コンビニのおでんは”食品ロス”(売り切れを恐れて多めに仕込み、売れ残りは廃棄する)が多い印象もありますし、薄利多売なんですかね。

他にも”24時間営業の見直し”や”早期退職希望者が想定越え”など、日本のコンビニを取り巻く環境は少しずつ変わってきているのかも・・・?

それでも「いざという時、近くにあれば便利(コンビニエンス)」なのは間違いないのですが。 今や病院の売店もコンビニだったりしますし。

でも、もう一回コンビニで働いてみるかと言われたらどうかな・・・(学生時代のバイトとは訳が違うし) まぁ今の職場で頑張った方がいいか。


ではー。

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【雑感】ご本人の事情も心境も知らない私は、彼を責めません。 ただ、あの歌詞が虚しく聞こえる。

こんばんは。

今日はちょっと著作権が心配な内容を書くので、人知れず記事が消えてたら察してください(意味深)


「僕の背中は自分が思うより正直かい? 誰かに聞かなきゃ不安になってしまうよ」


「”昔は良かったね”といつも口にしながら 生きていくのは本当に嫌だから」


「消えたいくらい辛い気持ち抱えていても 鏡の前笑ってみる まだ平気みたいだよ」


「ビルの間きゅうくつそうに 落ちていく夕日に 焦る気持ち溶かしていこう」


「そしていつか誰かを愛し その人を守れる強さを 自分の力に変えていけるように」


「僕が僕らしくあるために ”好きなものは好き!”と言える気持ち 抱きしめてたい」


「どんなときも どんなときも 迷い探し続ける日々が 答えになること 僕は知っているから」


これらのメッセージを歌に乗せて発信し、ブログ主も含めて”多くの悩める人”を勇気づけ背中を押してくれたことには、感謝しています。

だからこそ、私にはどうしても解せないし虚しいのです。 「自身が”迷い探し続けた日々”の末に、なぜ同じ地点に戻ってきてしまったのか」と。

彼自身の甘さや意志の弱さを批判しても、違法薬物や密売組織の根絶を訴えても、「依存」を根本的に克服するには不十分だと思います。

ヒトは誰もが「満たされない想い」を抱えながら、そして「(一時的にでも)満たしてくれる何か」を求めながら生きている・・・

いつ自分が何かの拍子で「そちら側」に転げ落ちるかもしれない。 そう思いながら、自分の心を見つめ直す夜になりそうです。


ではまた。

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【雑感】言い換えが必要無いほど、「頑張れ」は万能な表現なのだろうか・・・?(ちょい毒注意)

こんばんは。

個人的には、この話題にあまり深入りしたくはないのですが・・・ どうしても引っかかることがあるので書いて発散します。




とあるインターネットのニュースサイトで見かけた見出しに、ブログ主はこんな”ツッコミ”を入れました。

「ある芸能人に鼻の病気が見つかって、手術して治すらしい」という内容ですけど、「近く鼻の手術」が「鼻の近く手術」に見えたんですね。

使われている言葉は全く同じでも、並び順が違うと意味も違ってくることがある・・・ 日本語の奥深さでありややこしさでもある部分です。

逆に、全く同じ意味を伝えたい時に様々な”言い換え”の表現が存在するのも、また”日本語らしさ”を現しているような気がします。


しかしながら、いつどんな場面で誰が使っても、ほぼ同じ表現になってしまいがちな”一つの日本語”があります。





このブログでも何度か書いている気もしますけど・・・「頑張れ(頑張って、頑張ろう、頑張りましょう)」です。

世の中全ての「頑張れ」を否定するつもりはありませんが、今回のケースで外部から浴びせられる無数の「頑張れ」には違和感が。

もちろん、「頑張れ」と言う側にも伝えたい”想い”があるのは分かります。 『船から出られず薬も足りず、辛いと思うけど元気でいてほしい』

あるいは『あなたは一人じゃない、みんなが応援している。 どうか気持ちを強く持って、船から出られる日が来るまでくじけないで』

ただ、そういう有り余るほどの想いという想いを一か所に凝縮して端的に伝えようと思うと、どうしても『頑張れ』の一言になってしまう現実。

オリンピックでメダルを目指すアスリートにも、心身の不調を抱えて布団から出るのがやっとの人にも、同じ「頑張れ」でいいのかどうか・・・?

話が飛躍しすぎているのは認めますけど、ブログ主がメンタルを患ってから、いやひょっとするともっと前から?抱いていた違和感です。


そういうわけで、ブログ主は他の人に対して極力「頑張れ(とその類似表現)」を使わずに済むよう努めています。

私の心が過剰反応を起こしているだけかもしれないし、他の人から「頑張れ」と言われるのが耐えられない事もないのですが。

ただ、これだけ風情と懐の深さがある日本語に、「頑張れ」を代替できる表現が見当たらないのはいささか残念なことに思えて・・・

誰が悪い、何が悪いという話ではないのです、ごめんなさい。  簿記の勉強を頑張ってと言われるのは嬉しいですし。

寒くて体調も心配な時期がもう少し続くと思いますが、なんとか1日1日を乗り越えて春を迎えたいですね。 それでは。


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【雑感】仕事の日は言うまでもなく、休みの日もそれはそれで疲れるわね・・・ 人生とは(哲学?)

こんばんは。

今日は午後からメンタルの定期受診が入っていたため、仕事はお休みを頂いてきました。

午前中の時間を有効活用せねばと、朝食を済ませたらすぐに簿記の勉強を始めて、2時間くらいは机に向かっていたかな?

3級で合格した直後に買ってきたテキスト(商業と工業の2冊)は、ようやく商業の最終単元である「連結会計」に差し掛かっています。

できれば次の土日までには本文をひととおり頭に入れて(問題演習はもう少し先)、2月に入ったら工業簿記に取り掛かりたいと思ってたり。

仕事やゲームとの兼ね合いで(後者は必要なのか?)特に平日の勉強時間確保が課題ですけど、なんとかうまくやっていきたいです。


で、午後からの病院ですが、特に大きな不調も進展も無く淡々と診察を受けてきました。

昨年の暮れあたりから1種類減って4種類になった薬も、さらに1種類の量を今回から半分にして、近いうちに手放す方針になりそうです。

それだけブログ主の心身の状態が落ち着いて(気力に満ちているわけでもない)、薬の助けが必要な場面は少しずつ減っているのかなと。

メンタルの治療をしていると「精神薬は絶対飲んじゃダメ! 一生抜け出せないぞ! 飲まなくても治せる!」と聞くこともありますが

「飲まずに治る人がいるのは事実として認めるけど、ブログ主の場合は飲んでなかったら今生きてないかもしれない」

というのが本音でして、「薬だけでメンタルが元通りに治ることは無い」と分かっていますけど、選択肢から排除することもできなかった。


あの頃は毎日職場に行くのも命がけで、何かあると非常階段の踊り場やトイレの個室など”他人の視線が無い場所”へ避難せずにはいられず。

異変を察した上司から精神科病院を紹介してもらい、その後も何かあるたびに薬の量は増えていきましたが、なんとか今も生きています。

変わった点といえば「自分の人生なんて、何をやっても無駄」から「目の前の事からやっていけば、何か変わるかも」へと、”悟り”っぽい何か。

その間に何があったのか、自分でも詳細には思い起こせないし誰の参考にもならないだろうけど、”生還”できたのは紛れもない事実で。

自覚が無いだけで”そうでない人”から見れば「精神薬依存者」なのかもしれませんが、こういう人生もあるものだと思って頂ければ幸いです。


・・・なんか重い話になっちゃったけど、一晩寝ればスッキリするかな?  明日は勉強会のため”動画の回”です。 それでは。

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【雑感】あの日から25年、自分が「あの時はこうだった」と伝える側になるとは・・・年取ったなぁ。 

こんばんは。

1997年1月17日午前5時46分。 兵庫県をはじめ西日本各地に甚大な被害をもたらした「阪神(・淡路)大震災」がありました。

当時は中学生で部活の朝練もあったブログ主は、地震が起こった瞬間にはベッドの中でうとうとしていて、揺れているのは分かったのですが

棚からモノが落ちたり停電したりという事は無く、まぁそんなに大きな地震じゃなくて良かったなぁ、なんて呑気に考えつつ起き出しました。

地震直後のテレビ報道はよく覚えていないのですが、異変を察したのは部活の朝練が終わって片づけをしていたときでした。

JRの線路が見える場所に学校があり、(今はもう走っていない)ブルートレインがいつも決まった時間に通り抜けていくのですが

この日に限ってはいつもの時間どころか10分以上待っても来る気配が無く・・・ もしかして地震の影響で? とか思ってました。

そして(当然スマホなど持っておらず)何も知らずに帰宅したブログ主を待ち受けていたのは、がれきの山と化した神戸の街の映像でした・・・


自分自身が被災したり避難生活を余儀なくされてはおらず、実際に大切なヒトやモノを失った方々への適切な言葉は今も見つかりませんが

「明日は我が身」と危機感を持って防災対策を進めるのか、「どうせ来ないでしょ」と他人事を決め込んで目先の楽しい生活を優先するのか。

どちらが良い悪いではなく正解不正解も決めつけられない問題ではありますけど、「震災を忘れない」とはこういうことではないかと思います。

明日以降はまた「震災などなかったかのように賑やかで騒がしい」テレビに戻るのでしょうけど、忘れてはいけない事は確かにあるのです。


以上、インフルエンザの保菌者と疑われるまこな。がお送りしました。(明日明後日は自主的に”自宅待機”を決め込む予定です)

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