そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
日記、雑談、戦国、FX・・・まだまだ増えるかも? 気の向くままに言葉をつづります。
【戦国時代】シリーズ「落日」第2章・6 三好之長という男 ~知られざる三好氏暗躍への苦闘~

こんばんは。

毎週土曜日は、ブログでつかの間の歴史トリップ。 「落日 ~室町幕府、終焉への道~」をお送りします。

今回の主役は、家督相続を巡る争いを続ける細川政元の養子たち・・・ではありません。

ようやくといいますか、私たちがよく知っている戦国時代に活躍した、ある重要な武将につながる人物が登場します。

その人物とは・・・といっても、タイトルですでにバレてますよね。 とっととご登場願いましょうか。


さて・・・後に戦国大名として、一時期京を支配するほどの勢力を誇ることになる三好長慶(みよしながよし)という武将がいます。

以前、このブログでもこんな記事を書いて紹介していたのですが、憶えている方がいたらスゴイ。

その三好長慶を輩出する三好氏は、阿波国(現在の徳島県)三好郡を本拠とし、室町幕府管領・細川家の分家の一つ(阿波細川家)に仕えた一族です。

そんな三好氏が歴史の表舞台に現れるのは、長慶の祖父(または曾祖父)とされる三好之長(みよしゆきなが)の時代にさかのぼります。 そう、彼こそが今回の主人公です。


細川家という名家に仕えるとはいえ、阿波の片田舎(地元の方スミマセン)の領主に過ぎなかった、三好氏の戦国大名への躍進。

そのきっかけは、管領・細川政元が室町幕府の実権を掌握しながらも、自身の跡継ぎ争いがドロ沼化したことに始まります。

諸々の事情で実子がいなかった政元の養子の一人・細川澄元が阿波細川家の出身だったことが縁で、

之長は澄元に従って政元の近くで仕事をするようになり、政治の中心地だった京に近い地域で過ごしたとみられます。


1507年に政元が暗殺された後、澄元は同じく政元の養子だった細川高国と細川氏当主の座を巡って争うことになります。

阿波細川家の家臣である之長も、主家を実家とする澄元に従って高国軍を相手に奮戦しましたが、

1511年の船岡山の戦いで澄元軍は大敗を喫し、之長は澄元とともに行方をくらまし、再起のチャンスをうかがうことになります。


その好機が巡ってきたのは、船岡山での敗戦から7年後の、1518年。

高国が自身の政権を維持するにあたって全面的に頼りにしていた中国地方の大大名・大内義興

出雲国(現在の島根県東部)で独立した大名・尼子(あまご)氏の脅威から自国を守るため、軍勢を引き連れて京を離れることになったのです。

大内軍が京を離れ、高国軍が弱体化すると読んだ之長は、澄元に対し「今こそ京を奪回するべき」と進言し、澄元軍は反撃を開始します。


澄元軍が挙兵すると、これまで大内軍を恐れて動けなかった澄元派の諸勢力も、相次いでこれに合流。

追い風を受ける形となった澄元・之長の軍勢は、高国派の武将が守る京周辺の城を次々と攻略していきます。

劣勢に立たされた高国は、室町幕府将軍・足利義稙(よしたね)を京に残したまま、近江(現在の滋賀県)に逃げてしまいました。

※この頃、義稙は高国と険悪な関係になっていて、むしろ澄元の挙兵を歓迎すらしていたという

1521年、之長は澄元とともに京に入り、義稙の公認を得て澄元を正式な細川家当主の座に就けることができました。

このまま足利義稙・細川澄元による体制が長く続けば、之長も細川家の忠臣として世に語り継がれたことでしょう。


ところが・・・ ぶざまに京から逃げ出した高国も、決して権力の座を諦めた訳ではありませんでした。

近江に逃げてからわずか3か月後、高国は近江の六角氏や越前(福井県)の朝倉氏、美濃(岐阜県)の土岐(とき)氏など

近隣諸国の有力大名に『澄元討伐』を呼び掛け、数万(2万から5万まで、諸説あり)の大軍を集めて京の奪回に乗り出したのです。

高国のあまりに早く、そして予想だにしなかった大軍勢での反撃に澄元陣営の兵は思うように集まらず、

それでも之長は澄元軍の"かなめ"として、わずか5千の兵でこの大軍を迎え撃ちましたが、兵力の差は覆しがたく

奮闘むなしく敗走を余儀なくされ、落ち延びる最中に捕らえられて処刑されてしまったのでした。

おまけに、どうにか京から阿波へと逃れた澄元も『之長戦死』の知らせに気落ちしたのか、之長が死んだ翌月に病死。

これでライバルをすべて蹴落とした高国が細川家の当主となることが確定し、ついに天下にも平安が訪れるかと思われたが・・・!


何度も言ってますように、これで天下が収まったら戦国時代にはなっていないんですよねぇ・・・。


三好氏の、そして足利将軍家の本当の戦いはこれからだ!


という感じで、少年向けの連載マンガの(打ち切りによる)最終回にありがちなフラグを立てつつ・・・

まこな。先生の次回の記事にご期待ください(←だからやめろって)

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【日常】腹が減っては戦もできぬ? いや、別に戦う相手も理由もないんだけどさ。

こんにちは。

秋深し、隣は何をする人ぞ。

・・・それほど秋が深まっている感じでもないですが、ちょっと言いたくなりました。

それはどうでもいいとして、今日の私はとにかくお腹が減りました。

えぇ、「そっちの方がどうでもいいわ」というツッコミは、心の中にしまっておいて頂いて。

昔から『食欲の秋』というのもダテではないですね、ホント。


おそらく、昨日の夕食をハンバーガーセットだけで済ませたのが原因の一つかなと。

前にも書いていますが、今の私は仕事に差し支えが出ないように朝・昼の2食を軽く抑えて

その分夕食でカロリーと食欲を満たす、というあまり他人にはオススメできない食事法をとっています。

ハンバーガーやフライドポテトでもカロリーという点では十分なのかもしれませんけども、

やはり食べ応えというか持続力というか、そういう部分では白いご飯にはかなわないようです。

長年お米を食べている日本人は、1日に1度はお米を食べないと力が出ないようになっているんですかね。

今まさにお米を炊いている最中ですので、この記事をアップしたらしっかり食べておきたいと思います。


ことわざにも「腹が減っては戦ができぬ」とあるように、食欲を満たすことは何かを成す上で重要なのでしょう。

ただ、食料難が常だった歴史上の時代と、豊かになって『飽食』とも表現される現代日本では、多少ニュアンスが違うのかもしれません。

現代において「食べたいけど食べられない」という状況にある人を想像すると

食料を買うお金すら持ち合わせていないか、心身の不調により身体が食べ物を受け付けないか。

いずれも生命活動の維持に必要なエネルギーすら摂取できない、という危機的状況には変わりなく、外からの支援や治療が必要ですが

(幸運にも)そうではない状態にあるならば、空腹を感じたら適度に満たすこと。 あと、眠くなったら寝る。

人間の3大欲求のうち「食欲」と「睡眠欲」を手なずけることができれば、ある程度は人生が回せると思いますので。

(もちろん、食料や寝床を手に入れるためのお金は必要ですが・・・ それすらなければ『急いで仕事か支援者を探して』としか。)


私自身も、定期的にメンタル系のお医者さんにかかっていますが、睡眠と食事に異状がないかは必ず聞かれます。

それだけ、その2点を整えていくことが傾きかけた生活を立て直す第一歩、というなのだろうとつくづく思います。

世の中では「○○ダイエット」だの「糖質制限食」だのが定期的に流行りますけど、それこそ自分の人生の充足度が第一。

現代は無理やりに戦をしなくても生きていけるので、他人や情報に振り回されないように、各々の食事を楽しみましょう。


・・・というところで、ご飯が炊けましたのでこれで失礼しまーす。

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【日常】『ご一緒にポテトはいかがですか?』って勧めてくる店員さんは、今時いないのかな?

こんにちは。

今日は昼まで雨、昼からは晴れという両極端な天気。

さすが「何とかと秋の空は変わりやすい」と昔の人が言っただけはありますね。

まぁ、本題とは全く関係ないのですけども。


さて、今日は仕事帰りに図書館で時間をつぶした後、少し早い夕食を外で食べてきました。

というのも、『(おそらく)日本で一番有名なハンバーガーチェーン店』のクーポン券を

この前帰った実家の新聞折り込み広告からゲットしていて、その使用期限が迫っていたからです。

こういう期間限定のクーポンや割引、優待などがある時でないと外食はしないので、このお店も1年ぶりくらいでしょうか。

新商品も気になりましたが、今回はあえてハンバーガー・フライドポテト・コーラの王道セットを注文しました。


こういう昔からある定番のメニューって、ときどきたまらなく食べたくなりませんか? カップ○ードルしかり、ボ○カレーしかり。

もちろん企業の側も絶え間ない商品開発をして、定番の商品もより美味しくなるように日夜努力しているのでしょうけども

消費者は消費者で長年親しんだ結果舌が覚えている味があり、それと合致した時に『あぁ、いつもの味だ』と安心するものです。

『毎日だと飽きるけど、たまに食べると美味しい』という好物があると、人生がより豊かになると思っているのですがどうでしょう(←知らんがな)


ところで、今回私は店内のカウンターがよく見える位置の席で食事をしていたのですが

しばらく見ないうちに、注文の光景が変わっていたことに気づいたのでした(普段はドライブスルーを使うので、店内に入ったのも数年ぶり)。

そのお店の近くには高校があり、学校帰り?の学生さんが多く店内にいたのですけども

カウンターで店員さんにスマホを見せて『○○○番をひとつとー・・・』と、メニュー名ではなく番号で注文していたのです。

私が学生の頃は、カウンターの後ろにある大きなメニュー表を見るのが楽しみでもあったんですが、これも時代の流れなんでしょうかね。

これじゃ、店員さんが『ご一緒にポテトは・・・』と割り込む余地もないですよねぇ。

昔、ハンバーガーショップのアルバイト店員にツッコミを入れる歌があったような気も・・・ 『一万円入りまーす!』 『いちいち報告するな!』みたいな


・・・思いついた事を手あたり次第ぶち込んでみたら、結構時間が過ぎちゃったので今日はこのへんで。

あ、最後に一つだけ。 『スマイル0円』は、今回私が行った店のメニューにはありましたよ。

ではー。

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【日常】壊れかけ・・・になった時期もあるけど、今日もひっそり営業してます。

こんにちは。

今日は久々にしっかり雨が降って、陽が落ちると室内も寒いくらいの体感です。

ようやく秋雨前線が仕事をし始めた感じですけど、台風は勘弁してほしいですね。

といいながら、10月にも1つくらいは台風が日本に接近するような予感もありますが・・・


さて、今日は嬉しいことがありました。

ツイッターで朝のあいさつやメッセージのやりとりをしている方から、

「このブログを毎日楽しく読んでいます」とのお言葉を頂けたのです。

その方いわく、「普段聴いているラジオ番組のようで楽しい」とのこと。 まずはこの場を借りて、御礼申し上げます。


とはいえ、私自身は普段ラジオを聴く習慣が無いもので(移動中のカーラジオで、ニュースや大相撲中継を聴くくらい)

その方がよく聞いているという、ラジオ番組のイメージがいまひとつピンときていないのですが・・・。

『誰それのオールナイト何とか!(←うろ覚えにもほどがある)』的な、他愛ないおしゃべりと音楽を楽しむ感じの番組かな?

そうだとしたら、このブログにも共通する部分はあるのかもしれません。 何となくですけど。


それにしても、ブログに関するコメントや反応を頂けるというのは本当にありがたいです。

「気づかれないうちに・・・」というだけあって、リアルな人間関係の中でこのブログについて話したことはなくて

知り合いから「ブログ読んだよー!」と言われることはまずないので、励みになります。

(知り合いに話さないのは、身元バレが怖いのと、仕事や生活に関するグチっぽい話題が書きづらくなるから)

ただ、一時期はそうしたコメントや反応を欲するがあまり、アクセス数を集めてランキングを上げることばかりに躍起になってしまい

自分の目指すブログの方向性を見失った挙句、しばらくブログが更新できない事態に陥ってしまったこともあります。

実際にはブログの外でもいろいろあって、精神的に参ってしまったことも影響していますが・・・


それでも、約半年の休養期間を経てこのブログを再開し、どうにか毎日更新できているのは

日本(もしかしたら世界?)のどこかでこのブログを楽しんでくれている人の存在あってこそ、なのかもしれません。

ここは「その人たちのために、いい記事を書けるように頑張ります」というべきところかもしれませんが

そういう変な力が入るとつまらなくなるのが私のブログですので、これまで通りゆるゆると続けていけたらな、と。


目指すは『知る人ぞ知る、街の裏通りに佇む地味な喫茶店』


お気に召しましたら、明日もお待ちしております。

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【お楽しみ】完全休養日としゃれ込んで、お出かけしてきました。

こんにちは。

今日は仕事が休みなのもあって、久しぶりに早い時間帯の更新です。

ツイッターの方にも情報を流していたのですが、今回お出かけしたのがこちら。

風呂

ずいぶん昔の記事でも紹介した、米子市にある皆生(かいけ)温泉の日帰り入浴施設です。

9月のはじめあたりから、何か『心も体もスッキリしたいなー』と思っていて、天気もいいので行ってみました。


浴場内では(当たり前ですが)撮影禁止ですので、言葉でしかお伝えできませんが

大浴場の湯舟だけでなくジェット風呂に露天風呂、果てはサウナまで、約1時間にわたって堪能しました。

家の風呂と違って、なぜだか一つひとつの動作をゆっくりしたくなって、のんびりした気分になれるんですよね。

実は今朝起きてずいぶんと腰が痛かった(寝違えた?)のですが、すっかり良くなりました。

で、お風呂上りはもちろんお楽しみのアレ。

フルーツ牛乳

前回はコーヒー牛乳(断じて『カフェオレ』ではない)でしたが、今回はフルーツ牛乳です。

しこたま汗をかいた体にやさしく染みわたる味。 これを風呂場に置くことを考えた人はエライと思います。


施設を出た時にはすでにお昼過ぎだったので、昼飯を買って帰りました。

これも最近無性に食べたかった、お弁当屋さんの『ザ・クラシックなのり弁』

のり弁

ちなみに私は、白身フライにはタルタルソース派です(ウスターソースも合うとは思いますが)。

これでまた明日からの仕事も、気持ちも新たに頑張れそうです(度を超した頑張りはしたくないが)


それでは、また。

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【関心事】今になって、お金についてもっと勉強したい。 誰も教えてくれなかったし。

こんばんは。

今日の【関心事】はいつもと違い、ごく個人的な話になりますのでご注意をば。


ここ1、2年でしょうか。 「なぜ自分はお金について、もう少し勉強しなかったのか」と思うようになりました。

これは最近、FXを始めたり、ネット銀行の口座を開設したり、投資信託に関する情報を集めたりと

普段使いのお金だけでなく、将来に向けた資産形成にも関心が向くようになったことと、無関係ではありません。

もちろん「もう少し稼ぎがあれば・・・」とか「FXで一発大儲け・・・」といった非現実的な希望も心の中にはありますが。

それを差し引いても、もう少し早くお金のことについて知っておけば、と考えることしきりです。


「なぜ銀行にお金を預けると、何もしていないのにお金が増える(利息がつく)のか?」

「なぜ銀行やカード会社は、クレジットカードのリボ払いをしきりに勧めてくるのか?」

「毎月の給料から天引きされている税金や社会保険料は、どのような根拠で決まっているのか?」


これらは親や学校の先生から教わった覚えが無いし、社会に出てからも

「世の中そういうものだ」みたいな感じで、無条件で納得していた感じはするのですが

本来はちゃんと法律とか規則が決まっていて、それに従ってお金や社会が動いているはずなのです。

そういう所を知らないで「どんな手段を使っても、とにかくお金が欲しい」だと、詐欺師やギャンブラーと変わらない訳で。

そんな大金ではなくても、せめて自分が働いて稼いだお金くらいは、その出所や行き先を知っておいてもいいのでは、と。

誰も教えてくれないなら、今は自分でいろいろ調べられる環境もあるし、勉強しない手はないですよね。


そういうわけで、今日の仕事帰りに早速図書館に寄ろうと思ったのですが、月曜日は休館日でした(泣)

明日は仕事が休みで図書館方面に行く用事もないので、水曜日からにします。

知識がたまってくれば、このブログでもネタに使えるかもしれないので一石二鳥ですね(←おい)


では、今日はこれで。

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【雑感】過去にこだわらないための、具体的な練習の方法。

こんばんは。

今日は【日常】以外のネタで攻めようと思っていたので、ちょっと語ります。


昨日、出先でふと読んでいた新聞の中に、気になる記事を見つけました。

読者からの人生相談に各方面の識者がアドバイスをする、という内容のものですが

その回の相談者は『親に自分の進路希望を認めてもらえず、人生を棒に振らされた』と嘆く若者だったと思います。

それに対する回答の中で、このような一文が私の目を引きました。


「『過去を引きずらない』とは、『過去は変えられない』と知ることです。」


私自身もメンタルが不調だった時には、よく周りから「あまり過去を引きずるな」とアドバイスされました。

しかし、私には「どうやったら『過去を引きずらずに済む』のか」その方法が分かりませんでした。

引きずらないで済むなら自分でもそうしたい。 でもその方法が分からないのに、どうしたらいいのか。

もしかして普通の人には自然にできることなのか。 それができない自分はダメな人間じゃないか・・・  と考え込んでしまったり。

『過去を引きずらない』ためには、まず『過去のことは変えられない』という事実を受け止めることが必要だと知りました。


その上で、回答者は具体的に『過去を引きずらない』方法の例も挙げてくれました。

例えば、図書館に行って小説でもノンフィクションでも、自分が読んだことがない本をひたすら読んでいく。

自分とは異なる境遇や考え方を持つ他人の人生を知ることで、自分の存在に奥行きを持たせる練習なのだそう。

同時に『まだ読んだことがない本』というのも重要で、人は新しい知識や経験を手に入れれば入れるほど

自分の中で『過去に起こったイヤなこと』が占める比率が相対的に下がり、自然とそれを振り返る時間も減るのだとか。

読書でなくても、『新しいことを始めるのに、その人の年齢や過去は関係ない』というのは、正しいのかもしれません。


顔も名前も知らない他人へのエールでしたが、少し勇気づけられた私は明日からちょっとした新しい出会いを求めて行動してみようと思います。

というわけで、今週もブログの方はそれなりにやっていきますので、よろしくお願いします。

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【戦国時代】シリーズ「落日」第2章・5 船岡山は燃えているか? ~ショーグン・ウォーズ~

皆さま、こんばんは。

土曜日のこのブログといえば、そうですシリーズ「落日 ~室町幕府、終焉への道~」

第2章に入ってから、1回の記事で多くても4~5年くらいしか進んでいない気がしていて

私自身あと何回続ければ終わるのか見当もつかない感じになってきていますが、幕府滅亡まではいきたいと思います。


今日のお話は、「船岡山(ふなおかやま)の戦い」と呼ばれる室町幕府の将軍経験者どうしによる戦いがメインです。

もちろん、足利将軍家での内紛というよりは、それを裏から操って権力を握ろうとする細川氏を中心とした争いになります。

前回までの内容も踏まえつつ、1511年に起こった「船岡山の戦い」までを振り返ってみましょう。


室町幕府の主であった足利将軍家は、管領・細川政元(ほそかわまさもと)によって政治を動かす力をほとんど失いました。

そして、自身の養子たちによる家督争いに巻き込まれて政元が命を落とした後も、その状況は変わりませんでした。


政元が生前に家督を譲る意向を示していたという細川澄元(すみもと)は、

政元が擁立していた現職の将軍・足利義澄(よしずみ)を続けて支持し、家督争いで優位に立ちます。

一方、同じく政元の養子で、澄元に遅れをとった細川高国(たかくに)は、

中国地方の有力守護大名・大内氏に保護されていた前将軍・足利義尹(よしただ)に接近。

やがて、大内氏が大軍を率いて上洛すると、澄元と義澄の軍勢は敗れ、京から近江へと逃げていきました。


これにより、一度は『明応の政変(過去記事)』で京を追われた義尹(当時の名は義材)が再び将軍の座に返り咲き、高国は管領となりました。

もちろんその権力の後ろ盾として、大内氏の大軍がにらみを利かせていたのは言うまでもありません。

義澄と澄元も近江で黙っていた訳ではなく、何度も京奪還のための兵を進めましたが、いずれも大内軍に追い返されました。

さらに1509年には、義澄の命を受けた(諸説あり)刺客が義尹の寝床を襲い、義尹が辛くも撃退するという事件が起きています。

その間に澄元は、政元の養子に入る前の実家がある四国・阿波(現在の徳島県)へと戻り、高国打倒のための兵力を養うなど

室町幕府の主導権を巡るつばぜり合いは、義尹の将軍復帰で収まるどころか、ますます過熱していったわけです。


そして1511年。 両者の運命を大きく分ける「船岡山の戦い」へと突入します。

この頃になると、政治の主導権を巡る義尹と大内義興(よしおき)の対立が表面化し、大内軍を主力とする幕府軍にもほころびが見え始めました。

これを察知した義澄は近江から、また澄元は阿波から、それぞれ軍勢を率いて京を目指します。

二方面からの攻撃を受けた幕府軍は次第に押され、これを見た近畿各地の勢力も義澄・澄元の軍勢に次々と合流。

不利を悟った高国と義興は、義尹とともに京を脱出し、西の丹波(たんば、現在の京都府と兵庫県の一部)へと軍を退くことになりました。

意気上がる義澄・澄元陣営でしたが・・・『好事魔多し』と申しましょうか、まさかの事態が起こってしまいます。

これまでのパターンから想像がつく方もいらっしゃるかと思いますが、そうです。


足利義澄、近江にて急死(享年32)


近江に侵攻している最中に急死した9代将軍・足利義尚(よしひさ)過去記事】といい、この義澄といい

足利家の人間は、どうしてこうも大事なところで急に死んでしまうんですかね・・・。 何か因縁めいたものすら感じます。

もちろんインターネットやSNSなど無い時代、この情報が広まるまでにはそれなりの時間があったわけですが

それを鋭く嗅ぎつけた(であろう)細川高国と大内義興は、すぐさま反撃に転じました。


義澄の死からわずか10日後には、大内軍を主力とする高国陣営の兵が、澄元軍が京の守りの『要地』としていた船岡山を急襲。

大将を失ったこともあって士気も上がらない澄元軍はなすすべなく敗走し、高国軍は京を取り戻すことになります。

これで、(元)10代将軍・足利義尹(※)を室町幕府の将軍として戴く高国が、名実ともに政元の後継者の地位を手に入れたのです。
(※)この後『義稙(よしたね)』と改名。 一般的には『10代将軍=足利義稙』で通っている。

とはいえ・・・これで天下が丸く収まったのであれば、戦国時代は到来しないわけで。

まだまだまだまだ、一波乱も二波乱もあるのが室町幕府。 次回、高国の『短い春』が終わりを告げる・・・かも?

この続きは、また来週のお楽しみ。

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【日常】歯の方はとりあえず経過良好。 盛り上がりも何もなく、かたじけない。

こんにちは。

家の近くの田んぼでは、びっしり育った稲たちが収穫の時を待っております。

明日は秋分の日、つまり秋のお彼岸ということで、暑さもいよいよ収まる頃でしょうか。

まぁ私の仕事場は(何度も言ってますが)温度管理の行き届いた室内ゆえ、影響はないのですが。


そういえば今日、また歯医者に行ってまいりました。

前回から再治療が始まった古い虫歯は、思ったより状態が良くなっているようです。

すでに神経は抜いてあって痛みはないのですが、菌が入り込んで膿が出ていたとのこと。

担当医からは、このままならあと2~3回程度で埋め直しまでいける、という見立てがありました。

時間とお金がかかる大規模な施術は必要ないと聞いて、ひとまず安心しています。


ブログのネタ的には、あまりおいしくないですが・・・


というのも、今日で4日連続の【日常】カテゴリーなんですよね。

それがいけないという訳でもないのですが、わざわざ見に来てくれる方もいるようなので・・・。

たまにはしっかりとネタを準備して、じっくり読んでもらえる記事を書きたいなと思うのです。


ひとまず明日は土曜日なので、例によって『室町幕府の連載記事』が登場します。  

日曜日にはネタ作りの成果が出るか?  乞うご期待。

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【日常】本日、短信。 水分摂取量と発汗が比例して滞り気味。

こんばんは。

仕事が1日開くと、感覚を取り戻すのに少し時間がかかりました。

それでもすでに4か月ほど続いているので、さほど苦でもないのですが。


最近は暑い日と涼しい日が交互に訪れ、季節の変わり目という感じです。

特に涼しい日には、汗もかきにくくなるため長時間水を飲まずに過ごすこともあります。

でも、身体の水分は汗だけでなく呼吸や排せつでも出ていくので

暑くなくても、こまめな水分補給は体調維持のために大事なのだそうです。

私の場合、ちょっと頭が痛いとか目まいのような感じが出ると、水分が不足しているサインです。

適度に水分を補給して、体が弱らないように気を付けたいと思います。


明日は歯医者に行くので、遅くなるかもです。  ではまた。

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