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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【戦国時代】毛利元就の最晩年~戦国時代の中国地方17~
こんばんは。

さて、長らくお付き合い頂いた「戦国時代の中国地方」シリーズですが

今日の記事が一応の最終回となります。

※最終回の前に、これまでの出来事をおさらいしたい方はこちらから。

本文は追記からどうぞ。
‐‐‐‐‐‐




1566年、出雲の尼子氏を降伏させた毛利元就は、

ついに中国地方の大半を支配下に置くことになりました。


元就が毛利家の当主となった時、毛利家は大内氏と尼子氏の二大勢力に挟まれ、

いつ滅ぼされてもおかしくない立場であったことは、

これまでの記事で書いてきた通りです。

そこから出発し、大内と尼子の両家を飲み込むまでに毛利氏の勢力を成長させた

元就の手腕がいかに優れたものであったかというのも

この連載を通じて伝わったのではないかと思います。


織田信長や豊臣秀吉、徳川家康のように直接天下統一に関わり

歴史の教科書でも大きく取り上げられる人物に比べると

実績や知名度という面ではどうしても一歩譲る感じはありますが、

元就が戦国時代における「名将」の一人であることは間違いないと思います。


さて、最後に元就の最晩年についても触れておきましょう。

尼子氏を滅ぼした時点で、元就は70歳を迎えていました。

前回書いた通り、跡取りだった長男の隆元(たかもと)はすでに亡く、

元就の跡を継ぐのは孫の輝元(てるもと)ということになりました。

元就は、二男の吉川元春と三男の小早川隆景

輝元をしっかり補佐することと、毛利氏の領地を守ることを命じます。

その中で、元春には山陰地方を、隆景には瀬戸内地方を担当させました。

これが俗に言う「毛利両川(りょうせん)体制」です。
吉川と小早川、二人とも苗字に「川」がつくからですね


一方で、毛利氏の状況は決して安泰とは言えませんでした。

西では、九州北部を支配する大友(おおとも)氏が、毛利軍に滅ぼされた大内氏の残党とともに
(当主・大友宗麟の弟が大内氏の最後の当主だったという関係でした→参考記事

周防・長門へ侵攻しようとする動きを見せていましたし、

東では、落城した出雲・月山富田城から落ち延びた旧尼子家臣の勇将・山中幸盛が

尼子氏の一族で、京に逃れて僧侶となっていた尼子勝久(かつひさ)を担ぎ出し、

尼子家再興を目指して出雲奪回のために動き始めていました。


元就は、輝元や元春、隆景らに迎撃の指示を出す一方で、

自身も老体に鞭打つように中国地方から九州にかけて転戦しました。

その甲斐もあって、毛利軍は大友・山中両軍を撃退することに成功します。

しかし、いかに名将であっても寿命には勝てません。

ついに元就に最期の時が訪れます。


1571年、元就は本拠としていた吉田郡山城で亡くなりました。75歳でした。

このとき、例の「三本の矢」の逸話では、元就は死の間際に

隆元・元春・隆景の三人の息子に矢を折らせたことになっていますが、

この時すでに隆元は亡くなっているので、残念ながら実話ではありません。

ただ、元就は子どもたちに「兄弟は結束せよ」と常々説いていたようですし、

サッカー・Jリーグの「サンフレッチェ広島(※)」というチーム名にも残るほど

印象深いエピソードであることに変わりはありません。
※「サン(『三』本)」+「フレッチェ(イタリア語で『矢』)」


これで、毛利元就の一代記はおしまいです。

ただ、元就死後の中国地方の動きについても

いずれ【第2部】としてまとめていきたいと思います。
山中鹿介や宇喜多直家について書ききれなかったので

長きにわたってお読みいただき、本当にありがとうございました。


それでは、次のテーマが準備できるまで、ごきげんよう。
(ブログ自体は明日も更新します)




コメント
▼この記事へのコメント<(あれば表示)
こんにちは。
いつも拝見しています。

三本の矢、事実ではないとは驚きです。

毛利元就に関するお話とても興味深かったです。

これからも記事楽しみにしております。
2015/08/05(水) 07:02:26 | URL | bykidsweet (#-) [ 編集]
大きな歴史はピンときませんが、小さな地方の歴史は何故か面白かったです。
2015/08/05(水) 12:34:51 | URL | by丹後のきんちゃん (#-) [ 編集]
お返事です
まこな。です。
コメントありがとうございます!

>kidsweet さん
「三本の矢」の元ネタは古代中国の書物だとも言われています。
事実ではないにしても、元就の性格や生き方を考えると
本当の話のように思えるのがおもしろいですよね。

戦国ネタは少しだけお休みさせて頂きますが、
ブログの方はゆるーく続けていきたいと思います。
これからもよろしくお願いします。

>丹後のきんちゃん さん
いつもありがとうございます。

「大きな歴史」だと、どうしても教科書などのように
重要な部分だけを目で追うことになりがちですが、
その中で一人ひとりの人間がどう生きたのかを知ると
また違った側面が見えてくるのではないかと思います。

今回は私の地元ということで中国地方を特集しましたが、
他の地方や武将についても書いてみたいと考えています。

コメントを頂けて、大変励みになりました。
これからも頑張ります。
2015/08/05(水) 19:21:58 | URL | byまこな。 (#-) [ 編集]

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