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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【人生(仮)】失敗したのは自分のせい? そうじゃなければ誰のせい??
こんばんは。

このカテゴリーで記事を書くのも、本当に久しぶりです。

父の入院をきっかけに、色々と考えるところはあったのですが

記事にするほどでは無い、と書かずにいたら忘れてしまうことが多々。

それではもったいないと思い、メモ書き程度に書いておこうかと。

読んでもあまり得はしないと思いますが、よろしければお付き合いを。


今までの人生で『失敗』したことって、ありますか?

『全くない』と言い切れる人は、いないんじゃないかと思います。

もちろん何をもって失敗と判断するか、その基準は人によりけりではありますが。


例えば『待ち合わせの時間に5分遅れた』ことを失敗と考えるなら

『1秒でも遅れたらダメ』な場合と、逆に『5分くらいは遅れてもセーフ』な場合とでは

相手の受け取り方も変わってくるので、特に後者では何とも思わない人もいそうです。

『相手に怒られたら自分の失敗』というのも、定義としては曖昧ですけど。


あわせて、その失敗の原因がどこにあるのかも問題になりがちです。

先の例なら『寝坊した』だと"自分自身に落ち度があった"になりそうですが

『電車が遅れて間に合わなかった』なら"まぁ仕方ないか"になるかもしれない。

それでもなお『一本前の電車に乗るべきだった』と自分を責める人も(ブログ主も含め)いれば

『こんな時に止まるなんて、ふざけてる』と憤りを何かにぶつけずにはいられない人もいそうですが。


世の中には『自分ではどうにもならない失敗まで"自分のせい"と抱え込む』人もいれば

『自分次第で回避できた失敗も"自分以外の何かのせい"と不満を口にする』人もいるようで。

どちらが良い悪いというより、考え方が偏りすぎなのかなぁ、と最近になって思います。


『人生は努力次第で変えられる』というメッセージが世の中にあふれる裏には

『失敗したヤツは努力が足りない、自己責任』と言いたい人が多いのだろうか、と怖くなることもあり。

確かに、自分にできる範囲のことをやる『自助努力』は誰にとっても重要ですけど

本人が家庭や健康に問題を抱えている状況では、それすらままならない場合もあります。

そうなると誰かの助けを借りる必要がありますが、当たり前に自助努力ができている人がそれを見て

『アイツは努力が足りない、怠けているだけ』とか
『(税金で)助けてもらうなんて、けしからん』と

相手の抱えている困難を見ようとせずに、一方的に非難することができるものなのだろうか、と。

それをご近所さんだけでなく、ネット経由で顔も名前も知らない相手にまでやっているとしたら・・・


話がブレ過ぎたので、いつも通り強引にまとめに入ると。

自分の思い通りにいかなかったことを『失敗した』と言うなら

『なぜ失敗したのか』とか『何が悪かったのか』と"犯人探し"をするのは得策ではないらしい、と。

反省するのと自分を責めるのは、似ているようで違うみたいですし。

取り返す機会があるのなら、同じ失敗をしないための準備をした方が建設的ですし

もう取り返しがつかないなら、現実を受け止めて次の一手を考える時間と冷静さが必要です。

どれだけ周りから『お前はダメだ』とか『使えない』と言われても、自分まで一緒になって責めることは避けたい。

それが自分自身に向かうにせよ自分以外に向かうにせよ、後に残るのは虚しさだけと知ったので。

失敗は成功の母。 敵ではなく味方だと思って、受け入れる度量が欲しいです。


明日からの9月2度目の三連休も、心穏やかでありますよう。

そんでは。





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