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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【戦国時代】『あまり』知られていない?戦国武将の末裔の話。
こんばんは。

お昼に内閣改造のニュースを父の病室で見ていて

甘利明(あまり・あきら)さんが『先祖は武田信玄に仕えた戦国武将』と紹介されたことに

『へー、そうなんだ』と新鮮に関心していたら、父から

『知らないのか? 有名な話じゃないか』と"ダメ出し"されたブログ主です。


で、さっそく本題に入ります。

『甘利』という珍しい?名字から、すぐピンと来た歴史ファンも多かろうと思いますが

その"先祖"と言われるのが、甘利虎泰(あまり・とらやす)なる戦国武将です。

前述の通り、甲斐(山梨県)の戦国大名・武田信虎(信玄の父)と信玄の二代に仕えました。

名前に主君・信虎から『虎』の字を頂き(当時、主君から名前に一文字を頂くのは忠義や信頼の証だった)

信玄の『教育係』だった板垣信方(いたがき・のぶかた)と共に、武田家臣の筆頭格でありました。


しかし、後に(一説には)"信虎が領地に悪政を敷いているのを憂えた"信玄を支持し

信虎を駿河(静岡県)へ『追放』する手助けをしたとされ、信玄に忠義を尽くすことに。

信濃(長野県)へ勢力を伸ばす武田軍の主力部隊を率いて活躍しましたが

信濃の国人領主・村上義清(むらかみ・よしきよ)との合戦に敗れ、虎泰も討ち死にしたと伝わります。


なお、この村上義清は後に来襲した武田軍を再び打ち破り

『信玄に2度も土をつけた男』として、知る人ぞ知る程度の知名度を得たものの

最後は真田幸隆(または幸綱、孫に幸村こと信繁)の謀略に敗れることになりますが、それはまた別の話。


・・・えぇ、『真田丸』が懐かしくなって使ってみただけですとも。


以上、読んでも『あまり』得にはならない記事でした(⬅️しつこいな)





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