FC2ブログ
そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【雑感】ハローワークでいつもと違う職業相談。 ”働く”ってなんだろう?

こんばんは。

今日の夜から明日にかけて、また強い寒気がやって来るらしいですが・・・ 太平洋側でも雪が降るのでしょうか。


それはさておき、今日はお馴染みのハローワークへ行ってきました。

ただちょっと違うのは、相談相手がハロワの職員さんではなく、委託された外部のキャリアカウンセラーさんだったこと。

毎月2回、午後の3時間程度を50分1コマとして、予約制で相談ができるのを前回知って、予約しておったのです。

ここでの相談は、「病気を抱えていて社会復帰が不安」とか「対人関係がうまくできない」といった悩みも聴いてもらえるということで

事前にいろいろと伝えたいことや聞いてみたいことを整理して、なるべく多くの収穫を得ようという思いで行ってきましたが・・・


相談内容を具体的に公表することは控えるとして、全体的には納得のいくアドバイスをもらえたと思います。

メンタルの病気を治療中で、寛解(症状が出ていない状態が一定期間続くこと)を目指しながら短時間から働くのも一つの方法だし

教員や事務職の経験、また30代後半という年齢からも”若い世代の指導・育成”を期待される可能性がある、とのこと。

対人関係に関しては、常に相手の要求や反応を過敏に受け取って、心身が疲れてしまうことは避けなければならないけれども

ある程度は「それも仕事」と割り切って、その場や相手に応じた「役割を演じる」ことも必要になる、とアドバイスされました。


仕事をする上で「役割を演じる」という考え方は、教員をやっていた時にも言われた覚えがあります。

ブログ主が指導を受けた先生いわく「特に授業中は、自分の作った”シナリオ(授業案)”を演じる役者になりきるんだ」、と。

あまり知られてないかもしれないですけど、大学を出て2,3年くらいの先生は、授業1時間ごとに”シナリオ”を書くのが仕事のうちでした。

特に、年に3~4回は他の学校から多くの先生が見学に来る『研究授業』というのがあって、ブログ主も大卒1年目でそれに当たってしまい

毎日のように深夜まで学校に残り、たくさんのダメ出しをもらいながら”シナリオ”を練り上げ、どうにか授業を披露できた経験があります。

今考えると、教師としての『仕事を頑張る』というのは、いかに『生徒の育ちに貢献する授業や指導ができるか』だったのですかねぇ。


話は少しズレましたが・・・ 『仕事中は”演技”をする』、つまり『本当の自分ではない自分を演じる』ことを『仕事を頑張る』というならば

それが休みの日以外は毎日続くと考えると『ちょっとしんどいなー』と思うのが正直なところですし、人間として幸せな状態ではないのかなぁ、とも思ってしまいます。

もちろん、その対極にあるであろう『好きな事を仕事にすれば、人間いくらでも頑張れる』という価値観が生まれたのはつい最近のことで

日本で暮らす”仕事をする人”の大半は『仕事を頑張る=生活や家族、お金のために”我慢”をして働く』という認識だとしたら・・・?

ブログ主が『頑張りましょう』という言葉に(否定的な)敏感さを発揮するのは、相手から一方的に”我慢”を押し付けられる感覚が不快だから・・・なのかも。

ネットやツイッターでよく目にする『ネットで稼いで自由な人生を!』というビジネス広告も、”我慢”に嫌気が差している勤め人の心を巧妙に絡めとる手口なのかなー、なんて。


・・・小難しいことをあれこれ並べてますが、実際に行動してみないと何も始まらないって分かってはいるのです。

”頑張る”や”我慢”を全く必要としない人生は(おそらく)あり得ないけど、それらが”美徳”として奨励される世の中であって欲しくもない。

億単位のお金を稼ぐ日本人実業家が、顔も名前も知らない相手に100万円をポーンとあげてしまうくらいには、世の中も変わってきているようですけど。

その一方で、この実業家の試みに「実にくだらない! 働きもせず大金を得たって、ろくなことに使わない!」と反感を持つ気持ちは、誰の心にもあって当然だとも思う。

自分が手の届かなかった幸運に恵まれた他人を、妬みや蔑み無しで100%祝福しろと言われたら、お釈迦さまでも難しいかもしれない(以前も使った例え)


ただ、どれだけ他人が幸運に恵まれても、自分だけが不幸で世の中が不公平だと思っても、自分の人生を他人が肩代わりしてくれる事は無いですから。

絶えず目の前を流れていく”機会”だったり”出会い”に対して、見過ごすのか手を延ばしてみるのかは、他人任せにせず自分で決めたい。

”我慢”を嫌って安易な(そう見えるだけかもしれない)道に流れるのか、”我慢”を貫く覚悟で険しい(そう見える以下略)道を選ぶのか、あるいは第三の道か。

「年金は70歳になってから!」なんて世の中になってそうなブログ主の未来に関わることですから、これからも”働く”を考え続けたいと思っています。

その第一段階が『何かの職に就くこと』だと今はとらえて、活動を続けていく決意を新たにした・・・というお話でした(←かなり強引な結び)


文章の構成がグッチャグチャですが、心から吐き出すままに書いたらこうなりました。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

では、また。

にほんブログ村 その他日記ブログ まったりへ
にほんブログ村




コメント
▼この記事へのコメント<(あれば表示)
神回
今記事は永久保存版ですね。

他人の反応や態度に敏感になりすぎて自滅してきた自分として「それも仕事だ」と割り切る能力が足りなかったんだなと自覚出来ました。記事全体がとても響きました。

またこの記事読みにきます。
2019/01/08(火) 21:14:49 | URL | byなおにょろ (#EB29KFfw) [ 編集]
Re: 神回
なおにょろ さん
コメントありがとうございます。

自分としては、ふと思った事をそのまま書き連ねただけでしたが
「神回」とか「永久保存版」と褒めて頂けて、光栄です。

「嫌な事も仕事だと思って割り切る」のも、結局は程度や良し悪しの問題だとは思うのです。
ただ、現代になって「好きな事で稼いで自由に生活している(ように見える)人たち」が注目を集めるようになり
「嫌々ながら仕事をしなければ生活できない自分」とのギャップが、苦しさを生んでいるのかもしれません。
自分が満ち足りた生活を送れている実感があれば、他者に対する怒りや妬みも起こりにくい気はしますし・・・
(それでも『お金と承認の欲求は限りが無い』とも言いますので、上を見ればきりがないのでしょうけど)

こうやって気づきや想いを書いても、自分自身の行動が伴わないのでは格好がつかないので
何らかの形で社会に恩返ししたいというか、周りの人に良い影響を与えられる存在になりたいです。
そのためにはどんな仕事でもいいとは言えないですけど、社会とつながることからですよね。
なおにょろさんのブログ記事も励みにして、一歩ずつ進んでいきたいと思っています。

いつもこういう記事が書けるわけではありませんが、よろしければまたお越しくださいませ。

2019/01/09(水) 16:51:31 | URL | byまこな。 (#-) [ 編集]

■ コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

▼この記事へのトラックバック(あれば表示)