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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【戦国時代】武田信玄伝説~A面~
まこな。です。今日は金曜日です。

久しぶりに戦国時代の記事を書きたくなりました。

今回は「戦国時代最強の大名」という異名もある

武田信玄(たけだしんげん)について書いてみたいと思います。


武田信玄というと、あまり歴史に詳しくないという方でも

一度は名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。

今日と明日に分けて、どんな人物だったのかを簡単に説明します。


では、続きは追記から。
‐‐‐‐‐‐




武田信玄は1521年、甲斐(かい、現在の山梨県)の国に生まれました。

よく知られている「信玄」というのは出家した後に名乗った名前で、

もともとの名前は「晴信(はるのぶ)」といいます。


信玄の生まれた武田氏は、平安時代末期に平家と争った源氏(げんじ)の一族でした。

武田氏は甲斐の守護職として、鎌倉から室町時代にかけて甲斐を治めており、

戦国時代の大名の中ではかなり由緒のある家柄ということになります。


信玄の父・武田信虎(のぶとら)が武田家の当主だった頃、

武田一族の間で内乱が発生しましたが、優れた武人であった信虎はこれを鎮圧。

武田家が戦国大名への第一歩を踏み出すきっかけになりました。


しかし、信虎と信玄の親子仲はあまり良くなかったようです。

信虎は初陣で手柄を立てた信玄を褒めようとせず、逆に叱りつけたといいます。

一方で信虎は、信玄の弟に当たる信繁(のぶしげ)をかわいがっていました。

信虎は信玄ではなく信繁を跡取りにするのではないか、という噂も流れました。


成人した信玄とその側近たちは、この状況を打開するため策を講じます。

当時の甲斐では、軍備や戦を重視する信虎の政策に対して住民から不満が出ていました。

資料によっては、信虎の残忍な性格が強調されているものもあります。

それらを理由として、信玄は同盟国の駿河(するが、現在の静岡県東部)の今川家に

信虎が出かけたのを見計らって武田家当主就任を表明。

同時に、信虎を甲斐から追放すると宣言したのです。

そうとは知らない信虎は駿河から甲斐へ戻る途中、

甲斐の国境で信玄の兵に追い返され、流浪の身となってしまいました。


武田家の主となった信玄は、その手腕を存分に発揮しはじめます。

国内では、たびたび洪水を起こしていた河川に堤防を築き(信玄堤とも呼ばれます)、

また甲斐国内の金鉱山を開発するなどして農業や経済の発展に力を入れました。

国外に対しては、小規模な国人や領主が乱立していた信濃(しなの、現在の長野県)に

軍事介入を行い、策略も駆使しながら領地を拡大していきました。

さらに、もともと良好な関係にあった駿河の今川氏に加え、

相模(さがみ、現在の神奈川県)を中心に関東に勢力を広げつつあった

北条氏とも同盟を結ぶなど、外交にも気を配りました。


着々と戦国大名としての基盤を固める信玄の前に、思わぬ強敵が現れます。

想像がつく方も多いかもしれませんが、このあたりで次回に引き継ぎます。

明日の後編をお楽しみに。





コメント
▼この記事へのコメント<(あれば表示)
武田信玄、ちょっとした大河ドラマをみる感じで次回を楽しみにします。
2015/08/22(土) 18:42:24 | URL | by丹後のきんちゃん (#-) [ 編集]
諏訪の件は端折ったの?
2015/08/23(日) 04:45:45 | URL | by周 (#xkrNmXd.) [ 編集]
お返事です
まこな。です。
コメントありがとうございます!

>丹後のきんちゃん さん
いつもありがとうございます。
大河ドラマほど詳しくも分かりやすくもないですが
楽しみにして頂けるとありがたいです。

そういえば、来年の大河ドラマは
真田幸村が主人公ということで、
武田家のエピソードも出てくるかもしれません。
まだ少し先ですが、そちらも楽しみです。

>周 さん
お久しぶりです。

「諏訪の件」とは、信玄の諏訪侵攻の話でしょうか?
それか、武田勝頼と諏訪氏の関係ですかね?

そのあたりがはっきり分からなくて恐縮なんですが、
一応補足になりそうな内容を書いてみました。
またお時間があるときに読んで頂けたら幸いです。
2015/08/23(日) 19:50:02 | URL | byまこな。 (#-) [ 編集]
うん、まあ、血縁者でも有るし、ユニークな立ち位置なのに、なぜ触れないのだろうと思ってのことです。
2015/08/24(月) 23:49:20 | URL | by周 (#xkrNmXd.) [ 編集]
Re: タイトルなし
周 さん

> うん、まあ、血縁者でも有るし、ユニークな立ち位置なのに、なぜ触れないのだろうと思ってのことです。

今回の記事は、実は思いつきで書いたという面もあって
大まかな流れをさらう程度でいいかな、と思っていました。
あと、このブログに訪れる方が戦国時代に関する興味や知識を
必ずしも持っていない可能性もありましたので、
細かいところまで深入りするのもどうかな、と思ったんです。

一方で、周さんのように歴史に詳しい方にも見て頂けているのは
書く方としても大変励みになります。
またお気づきの点などありましたら、教えてください。
よろしくお願いいたします。
2015/08/25(火) 19:13:37 | URL | byまこな。 (#-) [ 編集]

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