こんばんは。
今日は、毎朝の日課にしているツイッターへの投稿が「おはようございます。」より先が思い浮かばないくらい、頭が重い朝でした。
ここ2~3年くらい飲んでいた、寝る前の薬のうち一種類を(お医者さんとの相談の上で)減らしていくチャレンジをしているのですけど
9月に入ってからは「おおよそ3日に1回」のペースで飲むようにしていて、昨晩が飲む日だったので飲んで寝たら、このザマでした・・・。
むしろ、飲まずに寝た日の方が朝もすっきり起きられるようになったし、飲まなくても寝付けなかったり夜中に目が覚めたりすることは減って
自己判断はできないのですけども、この薬は手放してもいい時期ではないかなー、という気もしています。 次回の受診でまた相談です。
そんな「頭が重い」状態が1日中続くと(夕方は少し軽くなったものの)、ブログの方もガッツリ書くモードには入れませんよね(自己弁護)
それでも、お昼ご飯の間に自宅で見ていたワイドショー番組から、書こうと思ったことができたので少しだけ書いておきます。
日曜日の夜から月曜日にかけて、東日本を縦断していった台風15号は、各地に甚大な被害を残していったようです・・・
それについては昨日のブログでも触れましたし、テレビやネットでも嫌というほど見ている方が多いと思うので、話は別の方向へ。
特に被害が大きかったとみられる千葉県のある自治体からの中継で、停電が続いている民家の住人に取材をしていましたが
スタジオの収録に参加していた”防災アドバイザー?”の男性が「大変だと思いますが、無理せず頑張ってください」と言った所で
『他人に対して「無理せず頑張れ」って、ものすごく難しいことを要求していないかな・・・?』
防災とか停電とかとは関係なく、困難に直面してどうにも身動きがとれない人に対して、他人が軽々しく言っていい言葉なのかな。
・・・心の中で、そんな事を思いました。 いやまぁ前々からもにゃもにゃと考えていた事ではあるのですけど。
自分で自分を奮い立たせるならともかく、外からの「頑張れ」にはある程度「無理すること」への期待が含まれている気がするんです。
「頑張る」とか「無理する」・・・具体的には「自分の能力では足りない部分に、努力や根性をプラスして乗り越える」という
少し前なら「スポ根」とか「精神論」と言ってもてはやされた(?)考え方だとは思うのですが、今のブログ主にとってはそれこそ”無理”です。
「もっと頑張れ」「そんなんじゃダメだ」「なぜこんな事も出来ないんだ」 周りの大人に煽られるがまま、無理に頑張り続けたら折れました。
繰り返しますが全ての努力や根性がダメとは言いません。 自分で「無理しないところまで頑張る」と納得できていればいいと思うんです。
でも、その人の抱えている事情や困難を知ろうともしないのに、軽はずみな「無理せず頑張れ」は逆に相手を追い込んでしまうのかも。
頑張れがダメなら、傷ついて落ち込んで嘆いている人には何て声をかけたらいいの??
私にも「これだ!」という答えは見つかっていませんが、心掛けたいのは「こちらが話すより、相手の話を聞く耳を持つ」ことかなと思います。
そして、相手が「この人になら、何を言っても怒られたり批判されたりしない」という安心感を持って、言葉を紡ぎだせる”間”を持てれば。
簡単に言ってますけど、実際にやるのはものすごーーーーく難しいです。 誰でもこんなんできたら、いじめも虐待も起こってないわい、と。
それでも、誰も何もしなければいつまで経っても世の中は変わらないんだとも思います。 誰もが発信者になりたい情報社会では、なおさら。
誰もが自分の想いや夢を語りたい、でも自分の言葉には誰も耳を傾けてくれない。 そんな虚しさを抱える人が、一人でも減りますように。
・・・っていうか、朝の挨拶にも支障が出るほど頭が重いんじゃなかったっけ!? ブログ主よ。
ブログの一記事をまるまる使った『ひとりノリツッコミ(??)』が決まったところで、今日はおしまい。 失礼しました。
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