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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【再放送2019】 第5話『下剋上の世に生きた、2組の親子の話。』 ※今回は刺激が強めです

【はじめに】

この記事は、2015年の年末から2016年の年始にかけて連載した企画の再放送です。

内容は一部加筆修正を行っておりますが、あまり細かい事は気にせずお楽しみください。



そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~ Presents

  『これぞ戦国オールスター!

   怒涛(どとう)の下剋上列伝ランキングスペシャル・2019!』


【登場人物(一人二役)】
まこな。(文中「ま」):番組MC風でお送りしています。好きな「信長の野望」は烈風伝。
おっす!おら信長(文中「長」):ゲスト解説者という設定の、信長のまねっこ。
                   意外にも、SNSが炎上したことはないらしい。


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【ここまでのランキング】

10位(同率)  三好長慶 ・ 明智光秀

 9位      織田信秀

 7位(同率)  毛利元就・徳川家康

 5位(同率)  ????・????


――――――
【下剋上列伝ランキング 採点基準】(各5点満点)

・立身出世度:その武将の最初の身分と最終的な身分との開きの大きさ
      (最初の身分が低い、または不明だと高得点)

・下剋上度 :倒したり追い抜いたりした相手の身分の高さ
      (相手の身分が高いほど高得点)

・権謀術数度:相手を倒した手段の巧さ、派手さ、ずる賢さ
      (計略や謀略を使って相手を倒した人ほど高得点)

・危険人物度:当時や後世の人から抱かれた評判やイメージの悪さ
      (悪い印象が強いほど高得点)

・人気知名度:その人物がどれだけ知られ、人気があるか
      (ドラマやゲーム等で後世の人気が高いほど高得点)

・繁栄存続度:その武将の大名家や子孫が繁栄したかどうか
      (子孫が大名として長く続いたほど高得点)
――――――



(CMが終わったつもり)

makonaga png


ま「それでは、続いて第5位を発表しましょう。 同率5位の一人目は…」


デケデケデケデケ(ドラムロール)… ジャン!


第5位 長尾為景(ながおためかげ)

 立身出世度:☆☆☆・・  越後の守護代を務めた家柄

 下剋上度 :☆☆☆☆・  守護も関東管領も敗死させる

 権謀術数度:☆☆☆・・  謀略よりも合戦の強さがスゴイ

 危険人物度:☆☆☆☆・  誰が呼んだか『歩く下剋上』

 人気知名度:☆☆★・・  謙信を子に持つ分のボーナス点

 繁栄存続度:☆☆☆☆☆  子孫は上杉を名乗り幕末まで続く



ま「続いて二人目!」


デケデケデケデケ(ドラムロール)… ジャン!


第5位 宇喜多直家(うきたなおいえ)

 立身出世度:☆☆☆・・  落ち目の宇喜多家を立て直した

 下剋上度 :☆☆☆☆・  主君を追い落とし一国の主となる

 権謀術数度:☆☆☆☆☆  なりふり構わぬ手腕は西国随一

 危険人物度:☆☆☆☆☆  親族からも恐れられた冷酷ぶり

 人気知名度:☆☆・・・  正直、知らない人も多いのでは?

 繁栄持続度:☆☆☆・・  息子の秀家は島流しとなり没落



ま「第5位は、長尾為景(ながおためかげ)と宇喜多直家(うきたなおいえ)。

  総合点数は、ともに22点です。」


のぶさま2019

長「長尾に宇喜多…。 聞いたような、聞かぬような…?」


ま「確かに、全国的にはそれほど名の知れた人物ではありませんね。

  まずは、長尾為景の話から。 信長さん、上杉謙信(うえすぎけんしん)はご存じですよね?」


長「無論じゃ。  我が織田家も一時期、上杉家とは同盟を結んでおったからのう。

  友好の証として、立派な屏風(びょうぶ)を送ったこともあるぞ。」


ま「長尾為景は、その上杉謙信の父親だった武将です。」

長「ほう、かの謙信入道(※)の父親とな。」   ※にゅうどう、ここでは『武士でありながら仏僧となった人物』に対する呼称


ま「長尾為景は、越後(えちご、今の新潟県)の守護代であった長尾家に生まれました。

  当時、彼の上司であり越後を治める守護の地位には、上杉家の当主が就いていました。

  しかし守護本人は京都で仕事をすることが多く、守護のいない間に地元で力を蓄えた為景は

  越後に帰ってきた守護を相手に謀反を起こし、まんまと討ち取ってしまいました。」



長「まさに弱肉強食、力無き者は滅ぶが定め。 絵に描いたような下剋上じゃな。」

ま「それだけではありません。

  この越後守護のお兄さんは、関東管領(かんとうかんれい)という幕府の要職についていたのですが

  弟が為景に討ち取られたという知らせを聞いて、弔い合戦とばかりに配下の大軍を率いて越後へ侵攻します

  一度は越後から撤退した為景でしたが、そこから盛り返して最後には完勝をおさめ、関東管領はあえなく討ち死に。

  こうして越後のほぼ全域が為景の支配下に入り、長尾家(のちの上杉家)が戦国大名として雄飛する基盤となったのです。」


長「なるほど。 この男、聞けば聞くほどかなりの戦上手であると見える。

  さすがは後世において『軍神』とも『越後の龍』とも讃えられた、謙信入道の父親だけはあるのう。」



ま「そんな『軍神』との対決といえば、確か信長さんの軍勢も『手取川の合戦』で…」

長「織田家の公式記録には、そのような合戦は載っておらぬ。 よいな?」(ギロリ)

ま「…アッハイ。」

長「分かれば良し。」


ま「一説には、当時の人々から『下剋上が鎧を着て歩いている』と噂されたという伝承が残る為景。

  その点は、室町幕府を盛り立て“義”を何よりも大事にした印象が強い謙信とは対照的ですね。

  そして謙信は、かつて為景が打ち破った関東管領の地位も、後に受け継いでいます。」


長「歴史は人と人が紡ぐもの。 余がこう言うのも何だが、歴史とは面白いものじゃ。」

ま「では、次は宇喜多直家について。」

長「で、あるか。」


ま「宇喜多直家は、備前(びぜん、今の岡山県東部)出身の戦国武将です。

  室町時代の宇喜多家は、備前守護代の浦上(うらがみ)氏に仕える家柄でした。」


ま「直家の祖父・宇喜多能家(よしいえ)は有能な人物だったそうですが、妬んだ同僚に城を奇襲され、討ち滅ぼされてしまいます。

  まだ子供だった直家は住処を失い、父とともに流浪する生活を強いられたのち、戦国大名となった浦上家に再び仕官。

  立身出世を夢見るのかと思いきや、祖父を失った積年の恨みを晴らす“下剋上人生”が幕を開けるのです…。」


長「…嫌な予感がするのう。」

ま「生放送ですので詳しい内容は言えませんが、直家の仕官後に”浦上家やその周辺で起こった事件”の被害者のお名前です。」

(フリップを出したフリ)

ーーーーーー

宇喜多直家が関わったとみられる”事件”の犠牲者のみなさん(敬称略)

【死亡】

・島村盛実(祖父・能家を討った本人)

・中山信正(直家の妻の父、娘も直後に自害

・金光宗高(前の岡山城主、謀反の容疑で切腹)

・税所元常(直家の妹の婿、俗説か?)

・松田元賢(直家の娘の夫、娘も以下略

・三村家親(備中松山城主)

・後藤勝基(美作三星城主)

【行方不明】

・浦上宗景(主君、備前から追放)

ーーーーーー



長「…いくら戦国の世とはいえ、数が多すぎはせぬか? 手あたり次第という印象じゃな。

  まぁ、若い頃に弟や叔父達を葬った余が言っても、説得力は無いのだろうがな。」


ま「と、信長さんですらあきれ…いえ、驚くほどの所業を積み重ねた末に

  直家は主君であった浦上氏をも没落させ、備前一国の主に上り詰めたわけです。」


長「…思い出した。

  この直家とやら、我が織田家と敵対する毛利家との勢力の境界線上に領地を持ちながら、敵なのか味方なのか

  最後の最後まで態度をはっきりさせぬ奴だったな。  この信長をもってしても、腹の内が全く読めなんだわ。」



ま「それもそのはず、直家の親族の一人は我々の取材にこう答えてくれました。

  (音声は変えています)『彼と直接会う時は、万が一に備えて着物の下に鎧を着ていました』

  いくらお家再興のためとはいえこれだけの“悪行”を重ねると、身内からも恐れられてしまうのですね。」

長「…どうやって取材したのか気になるが、大人としてそこは触れぬ方がよいのだろうな。」



長「しかし、がぜん気になるのはこやつの息子のことじゃ。

  先の謙信入道と為景殿の例もあるし、父に似てさぞ冷酷非情な奴なのだろう。」


ま「いえ、それが…。

  直家の息子で宇喜多家を継いだ秀家(ひでいえ)は、実に明るく人当たりの良い性格で

  本拠の岡山城に立ち寄った羽柴秀吉に、大いに気に入られたといいます。」


長「なんと。」

ま「秀吉が全国を統一した後には、政権の中枢を担う“五大老”の一人に最年少で抜擢されたほか

  秀吉の養女となっていた前田利家の娘を妻に迎えるなど、成人後もその穏やかな性格が幸いし厚遇を受けたようです。」


長「ほう、人を見る目は確かな猿の眼にかなうとは、相当なものじゃのう。

  父親としては複雑な心境であろうが、家名を残せたのだから良かったではないか。」



ま「しかし、関ヶ原の戦いでは西軍につき、奮戦するも敗北。 秀家は領地を全て没収され、八丈島へ島流しとなりました。

  それからおよそ50年後、静かに生涯を終えたといいます。 世はすでに江戸幕府4代将軍・徳川家綱の時代となっていました。」


長「是非も無し。 ひとたび生を受け、滅せぬ者のあるべきか。」


ま「というわけで、第5位の二人をご紹介しました。

  信長さん、ランキングもあと4人です。」


長「3人までは何となく名前が思い浮かぶが、あと一人は果たして誰かのう。」

ま「番組をご覧の皆さんも、ぜひ予想してみてくださいね。

  CMのあと、第4位の発表です。」



【次回更新に続きます。タブンネ】

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コメント
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六天大魔王は風邪なんてひかないYO!
「CMでーす ゴホン、ゴホン」

「すみません、
風邪をひいたようでお聞き苦しいかと存じますが
CM始めます」

「風邪ひいたということでなんなのですが、薬草なんていうのはいかがでしょう?
人間誰しも病に罹るものです
信長さまだって風邪くらいひ・・・かないんですか?!」

「ああええと・・・
でもほら!国の民は病にもなりますでしょうから、当方国の薬草の種をお持ちしました故、なにとぞ植えていただければと・・」

「信長さまいかがですかー?今ならお安くしておきますよ!」
2019/09/27(金) 21:17:40 | URL | byリト (#m2mWYtU6) [ 編集]

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