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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【戦国時代】本題の前の訃報

こんばんは。

今日は、悲しいニュースがありました。

「ゲゲゲの鬼太郎」などで知られる漫画家、

水木しげるさんがお亡くなりになったそうです。


水木さんは私が住んでいる鳥取県に大変縁のある方で、

境港市の「水木しげるロード」をご存じの方も多いと思います。

それから、水木さんの奥様が書いたエッセイを元にした

NHKのドラマ「ゲゲゲの女房」も話題になりました。


最近は体調を崩しがちだったという話も聞いていたのですが、

あまりにも突然の訃報に接し、ただただ残念でなりません。

享年93歳。   本当に、本当にお疲れさまでした。


今日の本題は、この後の追記にて。

‐‐‐‐‐‐





さて、ここから今日の本題に入ります。

といっても、あまり時間が無いので少しだけ。


来年の大河ドラマ「真田丸」の主人公、真田幸村を知るために

彼の一族が戦国時代にたどった道のりを振り返るお話です。

前回は、幸村の祖父・真田幸隆(ゆきたか)が

武田信玄に仕えたところまでをお話ししたので、今日はその続きです。


真田幸村の父親は、真田昌幸(まさゆき)という人物です。

昌幸は幸隆の三男で、兄が二人いましたが

長篠の戦いで二人とも戦死してしまったため、

真田家と信濃(しなの、現在の長野県)にある領地を継ぐことになりました。


昌幸が真田家の主となった頃には、すでに信玄はこの世におらず

武田勝頼(かつより)が武田家の当主となっていました。

しかし、勝頼は信玄時代からの家臣団を統率することができず、

前述の長篠での戦いで織田・徳川連合軍に大敗を喫してしまいます。

多くの重臣を失った武田家は、衰退の一途をたどることになります。


昌幸はそんな武田家と勝頼を盛りたてようとしますが、

1582年に織田軍による武田領への総攻撃が始まると

武将の投降や寝返りが相次ぎ、ついに勝頼は自害。

武田家は滅亡し、真田一族は織田軍の監督下に置かれます。


ところが、それから間もなく本能寺の変が起こり、

織田信長が家臣の明智光秀に倒されると

旧武田領に駐屯していた織田軍にも動揺が走ります。

というのも、信長の死を知った越後の上杉氏や関東の北条氏、

さらには信長の同盟者だった三河の徳川家康までもが

手薄になっていた甲斐・信濃の支配を狙っていたからです。

信長という後ろ盾を失った真田家は、その矢面に立たされることになります。


案の定、本能寺の変の直後に北条軍が攻撃を仕掛けてきました。

昌幸は織田軍の関東方面軍とともに北条軍を迎え撃ちますが、敗北。

真田家は北条氏に降伏しますが、そんな状況の中でも昌幸は

再起するためのチャンスをうかがっていたのです。


(かなり無理やりですが)昌幸の立場を現代風に例えれば、

「勤めていた会社が倒産し、社内で築いた業績や人脈も失った男が

 家族や自分の腕だけを頼りにベンチャー企業を立ち上げて再起を図る」という感じでしょうか。

そう考えると、なかなかドラマチックな展開です。

果たして昌幸は、信濃の領地と家族を無事守りきれるのでしょうか?

そして、幸村の活躍はいつ始まるのか?

というところで、次回をお楽しみに。






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