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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【2015年末特番】第5話
気づかれないうちに…【日記とか戦国とか】Presents
『これぞ戦国オールスター!
 怒涛(どとう)の下剋上列伝ランキングスペシャル!』


【登場人物(一人二役)】
まこな。(文中「ま」):今回は番組MC風でお送りします。
おっす!おら信長(文中「長」):ゲスト解説者という設定の、信長のまねっこ。
                   キャラ付けは適当なので怒らないでね。

【ここまでのランキング】

10位(同率)  三好長慶・明智光秀

 9位      織田信秀

 7位(同率)  毛利元就・徳川家康

 5位(同率)  ????・????


第5話【この親にしてこの子あり…?】

(CMが終わったつもり)

まこな。png
ま「それでは、続いて第5位を発表しましょう。
  まず一人目は…」



デケデケデケデケ(ドラムロール)… ジャン!


第5位 長尾為景(ながおためかげ)
 立身出世度:☆☆☆・・  越後守護代を務めた家柄
 下剋上度 :☆☆☆☆・  守護も関東管領も敗死させる
 権謀術数度:☆☆☆・・  謀略よりも戦の腕がスゴイ
 危険人物度:☆☆☆☆・  誰が呼んだか『歩く下剋上』
 人気知名度:☆☆★・・  謙信を子に持つ分のボーナス点
 繁栄持続度:☆☆☆☆☆  子孫は上杉を名乗り幕末まで続く

 総合点数 :22点


ま「続いて二人目!」


デケデケデケデケ(ドラムロール)… ジャン!


第5位 宇喜多直家(うきたなおいえ)
 立身出世度:☆☆☆・・  没落した宇喜多家を立て直す
 下剋上度 :☆☆☆☆・  主君を追い落とし一国の主となる
 権謀術数度:☆☆☆☆☆  なりふり構わぬ手腕は西国随一
 危険人物度:☆☆☆☆☆  実の弟からも恐れられた冷酷さ
 人気知名度:☆☆・・・  正直、知らない人も多いのでは?
 繁栄持続度:☆☆☆・・  子の秀家は八丈島へ流された

 総合点数 :22点

ま「第5位は、長尾為景(ながおためかげ)と宇喜多直家(うきたなおいえ)。
  総合点数は、ともに22点です。」


のぶさん
長「長尾に宇喜多、か…。
  聞いたような、聞かぬような…?」


ま「確かに、二人ともそれほど名の知れた人物ではありませんね。
  では、まず長尾為景の話から。」


【追記に続く】

‐‐‐‐‐‐





ま「信長さん、上杉謙信(うえすぎけんしん)はご存じですよね?」

長「無論、存じておる。
  我が織田家も一時期、上杉家とは同盟を結んでおったからのう。」


ま「長尾為景は、その上杉謙信の父親です。」

長「ほう、謙信入道(にゅうどう※)の父親とな。」
※ここでは仏門に入った人の呼称

ま「はい。長尾為景は、もとは越後(えちご、今の新潟県)の守護代。
  室町時代、越後の守護は上杉家が務めていました。
  為景は、その上杉家に謀叛を起こし、当時の守護を討ち取ります。」


長「絵に描いたような下剋上じゃな。」

ま「さらに、この越後守護の兄で、弟の仇を討つために越後に侵攻した
  関東管領(かんとうかんれい)・上杉顕定(あきさだ)の軍を返り討ちにします。
  この戦いで顕定は戦死し、越後のほぼ全域が為景の支配下となりました。
  この基盤が、息子の上杉謙信にも受け継がれたわけですね。」


長「ふむ、この為景とやら、かなりの戦上手とみたぞ。
  さすがは『軍神』と讃えられた謙信入道の父親だけはあるのう。」


ま「そうですね。一説によれば、為景は当時の人々から
  『下剋上が鎧を着て歩いている』とまで噂されたそうです。
  その点は、義を尊び権威を重んじたと言われる謙信とは対照的ですね。
  謙信は、かつて為景が破った関東管領の職も、後に受け継いでいます。」


長「余がこう言うのも何だが、歴史とは面白いものじゃ。」

ま「では、次は宇喜多直家について。」

長「で、あるか。」

ま「宇喜多直家は、備前(びぜん、今の岡山県東部)出身の戦国武将です。
  宇喜多家は、備前守護代の浦上(うらがみ)氏に仕える家柄でした。」


ま「直家の祖父、能家(よしいえ)は有能な人物だったそうですが、
  能家はその功績を妬んだ浦上家臣に討たれ、まだ子供だった直家は住処を失い、
  一時は父とともに流浪の生活を強いられたと言われています。」


ま「その後、成長した直家は戦国大名となった浦上家に仕官。
  しばらくは着実に功績を積み、出世を目指しました。
  しかしある日を境に、彼の下剋上人生が幕を開けるのです…。」


長「嫌な予感がするのう。」

ま「時間の都合もあるので詳しい内容は言えませんが、
  直家がその死や没落に関与したとされる方々は次の通りです。」


(フリップを出したフリ)

ーーーーーー
【宇喜多直家が関与した事件の被害者(●は死亡)】
●島村盛実(祖父・能家を討った本人)
●中山信正(義父、謀叛の容疑による)
●金光宗高(主君・浦上宗景の弟)
●税所元常(直家の妹婿)
●後藤勝元(直家の娘の夫)
●三村家親(備中松山城主)
・浦上宗景(主君、居城から追放)
ーーーーーー


長「…親戚筋や近しい者ばかりではないか。
  いくら戦国の世とはいえ、やりたい放題じゃな。」


ま「と、信長さんですらあきれ…いえ、驚くほどの所業を積み重ね、
  直家は備前一国の主に上り詰めたわけです。」


長「…思い出した。
  こやつ、我が織田と敵対する毛利の勢力の境界線上に領地を持ちながら、
  敵なのか味方なのか、態度をどうにもはっきりさせぬ奴じゃったわい。
  この信長をもってしても、腹の内が全く読めなんだわ。」


ま「それだけ、駆け引きにも長けていたのでしょうね。
  直家の弟は『兄と会う時は、万が一に備えて
  着物の下に鎧を着ていた』
と、後に語ったといいます。
  身内からも恐れられていたんですね。」


長「そうなると、気になるのはこやつの息子じゃのう。
  先の謙信入道と為景殿の例もあるし、さぞ傍若無人な男なのだろうな。」


ま「いえ、それが…。
  直家の息子・秀家(ひでいえ)は、実に明るく人懐こい性格で、
  直家の死後、居城に立ち寄った羽柴秀吉に大いに気に入られたといいます。」


長「なんと。」

ま「その後、秀吉が天下を統一すると
  政権の中枢を担う五大老の地位に最年少で抜擢されたほか、
  秀吉の養女となっていた前田利家の娘を妻に迎えるなど、
  その温厚な性格が幸いし、成人した後も厚遇されたようです。」


長「ほう、人を見る目は確かな猿の眼にかなうとは、相当なものじゃのう。
  意外と言えば意外じゃ。」


ま「しかし、関ヶ原の戦いでは西軍につき、奮戦するも敗北。
  秀家は領地を没収され、八丈島へ島流しとなりました。
  それからおよそ50年後、その地で生涯を終えたといいます。」


長「ふむ、是非も無し。人生一寸先は闇、じゃ。」

ま「というわけで、第5位の二人をご紹介しました。
  信長さん、ランキングもあと4人です。」


長「3人までは見当がつくが、もう一人は果たして誰かのう。」

ま「ブログをご覧の皆さんも、ぜひ予想してみてくださいね。
  CMのあとは、第4位の発表です。」



【次回更新に続く】

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