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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【戦国時代】戦国時代のお医者さん。
こんばんは。

まず、本題の前にご報告。


先日、「六男の徒然日記~明日晴れるかな~」の六男さんから

相互リンクのお誘いを頂き、リンクを設定させて頂きました。

ページ左側のブログタイトルをクリックすると、飛ぶことができます。


なお、相互リンクについては、コメント等でお誘いを頂ければ

基本的には喜んで承諾したいと思っております。

自分の日常や趣味の話ばかりであまり中身の無いブログですが、

「リンクしてやっても良い」という物好きな方がいましたらお知らせください。


さて、ここから今日の本題です。

昨日はテレビで「歴史秘話ヒストリア」を見ました。

戦国時代に生きた医師、曲直瀬道三(まなせ・どうさん)の特集でした。

「え、曲直瀬って苗字?そもそも何て読むの??」という方も多いかもしれませんが…。


かく言う私自身、彼の名前と医師であったことは知っていたのですが

どのような人生を送ったのかまでは知りませんでしたので、

最後まで興味深く見ることができました。


詳しい内容を知りたい方は、追記からどうぞ。


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‐‐‐‐‐‐





時は戦国時代、戦乱の続く京都に生まれ、幼い頃に両親を亡くした道三は

寺で学問を積むうち、病気や戦による傷で苦しむ人たちを救うべく

医学の道を志したのだそうです。

関東で医学の師匠と出会い、弟子入りして知識と経験を積んだのち

京都に戻り、身分の隔てなく患者の診療を行ったといいます。


当時の日本では現代のように病院や薬局がそこかしこにあるはずもなく、

病の原因や治療法についても不確かな情報が多く流れていました。

道三のように、正しい知識を持った人物は貴重な存在だったのです。


彼の評判は武士や大名の間にも広まり、往診の依頼が来るようになります。

一説には、大名が彼を自分の領地に呼ぶには幕府への申請が必要だったそうです。

特に道三と深いつながりがあったとされるのが、中国地方に勢力を伸ばした毛利元就です。


長く争ってきた尼子氏との決戦のため出雲へ遠征した元就が体調を崩し、

その治療を依頼された道三と、病床の元就とのやり取りが紹介されていました。

この時元就は70歳。脳卒中による半身まひの症状が出ていたそうです。


「今私が倒れれば、余計な血が流れることになる。」


番組で紹介された元就の言葉は「自分が戦乱の時代を終わらせる」という意思表示で

道三もそれに共感して治療を行った、と解説されていましたが

私自身は、医師である道三の立場を強調した『深読み』のような感じを受けました。


正直な話、元就のように戦国時代の真っただ中を生きた武将たちの間に

「戦のない世の中を作る」という発想があったかと言われると、私は疑問に思います。

(秀吉や家康の時代の武将ならば、また違ってくるかもしれませんが)


それでも実際に元就がこの言葉を発したとするならば、

『自分が病に倒れたと知れば、尼子軍は勢いづき、戦が長引くだろう。

 そうなる前に、決着をつけなければ…』
と考えるのが現実的ではなかろうか、と思うのです。


ともあれ、道三の治療の甲斐もあって元就の容態は持ち直し、

ほどなくして尼子家当主・義久は降伏。決戦は毛利軍の勝利で終わりました。

長らく毛利氏に抵抗した義久は命を奪われてもおかしくない立場でしたが(※)

元就はその命を助け、見張りをつけた屋敷に住まわせる「幽閉」の処置をとりました。

この判断の裏にも、人命を尊重する道三の助言があったと紹介しています。

(※)元就の子の吉川元春や小早川隆景は、「義久を切腹させるべき」と主張したという


その後、宣教師を治療した縁でキリスト教信者となって診療所を開設したり、

晩年は俳諧(俳句や短歌)を勉強し、健康に関する知識や心得を紹介したりと

道三は88歳で亡くなるまで、多方面で精力的に活動を続けたといいます。

現代風に言えば、まさに「スーパードクター」というにふさわしい人物でした。


戦国時代に限った話ではありませんが、歴史の主役にはなれなくても

それぞれの立場で懸命に生きた人物の物語はとても興味深いものです。

このブログでも、そういう人物の事も紹介できればと思います。


長文を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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コメント
▼この記事へのコメント<(あれば表示)
まいどです
戦国時代いいですねぇ
あたしんちにリンクさせていただきました
どうぞよろしくお願いします。
ふと自分の若い時を思い出すような記事に
ときどき感慨深く思い出にふけるときがあります。
ご活躍を祈っています。
2016/01/15(金) 09:10:39 | URL | byちいぼう (#-) [ 編集]
Re: まいどです
ちいぼう さん
コメントありがとうございます。

> 戦国時代いいですねぇ
> あたしんちにリンクさせていただきました
> どうぞよろしくお願いします。
リンクして頂きありがとうございます。
後ほど訪問させて頂こうと思います。

気の向くままにつづる記事ばかりですので
何かのお役に立つようなブログではありませんが、
こちらこそよろしくお願いいたします。
2016/01/15(金) 19:12:43 | URL | byまこな。 (#-) [ 編集]
当時の治療と言えば漢方薬に鍼灸、整体、後はマジナイの類ですね。
頭に紫色の鉢巻き巻くとか、おふだを煎じて飲ませるとか、かなり非科学的な事やってたみたいです。

蘭学でもやってれば、もっと違う治療法知ってたでしょうが・・・

話に宣教師が登場するって事は、戦国が終わって安土桃山時代に移行したあたりかな?
2016/01/15(金) 23:45:59 | URL | by周 (#xkrNmXd.) [ 編集]
Re: タイトルなし
周 さん
コメントありがとうございます。

> 当時の治療と言えば漢方薬に鍼灸、整体、後はマジナイの類ですね。
> 頭に紫色の鉢巻き巻くとか、おふだを煎じて飲ませるとか、かなり非科学的な事やってたみたいです。
> 蘭学でもやってれば、もっと違う治療法知ってたでしょうが・・・
確かに、今では考えられないような治療方法が
当時は普通に行われていたらしいですね。
何の症状かは忘れましたが、「自分の小〇(自主規制)を飲むと治る」とか…。

戦国時代に医療の恩恵にあずかれたのはごく一部の人たちで、
大多数の人は根拠のない情報やまじないに頼らざるを得なかったと考えると
医療の知識や技術というのが実に尊いものだということを実感します。
道三の生き様は、現代の医師にも響くものがあるかもしれません。

> 話に宣教師が登場するって事は、戦国が終わって安土桃山時代に移行したあたりかな?
そうですね、秀吉がバテレン追放令を発した頃までは
現役の医師として活動していたようです。
番組によれば、道三の門下生で秀吉の側近となった人物が
キリスト教信者となった師の身柄を助けるために
「一般信者の追放」を条文に入れなかったのだとか…。
(もちろん、これには諸説あるようですが)

道三のような武将以外の人物にも
興味深い逸話が残っているのが戦国時代の面白さですね。
そのあたりも、ブログで紹介できたらと思います。
2016/01/16(土) 10:49:14 | URL | byまこな。 (#-) [ 編集]

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