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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【戦国時代】いろいろ惜しい。
こんばんは。

今日は久々に戦国ネタを書きます。

というのも、このブログではおなじみ(?)のテレビ番組

「歴史秘話ヒストリア」を視聴したからです。

今回のテーマは、大河ドラマ「真田丸」でも注目を集めた

甲斐武田家最後の当主・武田勝頼(たけだかつより)の生涯でした。


この番組は昔からよく見ているのですが、

歴史の教科書には載らないような内容も多く含んでいて、

肩肘張らずに見ることのできる、良い歴史番組だとは思います。


ただ、特定の人物のドラマ性や感情を中心に描こうとするあまり、

歴史の大きな流れや出来事の背景などの説明を割愛していることも多く、

細かい部分に「惜しい!」とツッコミを入れたくなることもしばしば…。

今日は思い切って、その辺りに斬り込んでみることにします。

決して番組やスタッフを批判する目的ではないので、ご理解を。)


詳しい内容は「続きを読む」からどうぞ。


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では、いきます。

まず、武田勝頼がどういう人物だったのかを

番組の内容から簡単におさらい。

・甲斐の戦国大名、武田信玄の四男として生まれる
 幼少の頃の様子は、ほとんど記録に残っていない
 3人の兄とは異なり、信玄が滅ぼした諏訪家の女を母に持つ
 そのため「敵の血をひく子ども」として厳しい目を向けられていた

・元服後、信玄から「勝頼」の諱(いみな)を与えられる
 武田家の男子が使う「信」の字をもらえなかったばかりか
 「頼」は諏訪家代々の一字であり、後に諏訪家へ養子に出される
 それでも武田軍の重要な合戦には毎回従軍し、手柄を立てる

・信玄の長男・義信(よしのぶ)が謀反に失敗し自害すると
 信玄の跡取りとして勝頼が浮上するが、正式な当主ではなく
 勝頼の子・信勝(のぶかつ)が成人するまでの「代理」とされた
 そのため勝頼の指図に反発する家臣も後を絶たなかったという

・信玄の死は、本人の遺言に従って隠されるがすぐに発覚
 それを知って攻め込んできた織田・徳川連合軍に大敗を喫する(長篠合戦)
 関東の北条家に頭を下げて同盟を結ぶが、後に一方的に破棄される

・1582年、織田・徳川・北条の連合軍15万に侵攻され
 家臣の裏切りも相次ぎ、居城・新府城から落ち延びるも
 甲斐を脱出する目前で敵に包囲され、自害(享年37)



勝頼の最期については、今年の大河ドラマでも再現されていたので

記憶に新しいという方も多いのではないでしょうか。

一方、信玄が生きていた頃や跡を継いだ直後の話には

番組には出てきていない要素が多いので、検証と補足をしていきます。


まずは、一番気になったこのシーン。


『勝頼は信玄に認められていなかったから、武田家を追い出された』


このシーンは「勝頼の悲運」の一つとして強調されていましたが、

大名の男子が家から出されるのは、戦国時代にはよくあることでした。

というのも、大名が亡くなった際の跡継ぎ争いを防ぐため、大名の長男だけを手元に残し、

次男以下は他家の養子に出されるか、寺に入れられるのが普通だったのです。

(だからといって「長男がすんなりと跡を継げた」という訳でもなかったのですが…)


特に勝頼の場合、かつて信玄が滅ぼした諏訪家の血を引くという事情があるので、

征服された諏訪地方の領民の感情に配慮して勝頼に諏訪家を継がせた、という側面もあります。

個人の感情より、大名家としての利益を考えるのは大名として当然といえば当然でしょう。


養子の戦略的活用といえば、以前このブログでも取り上げた毛利家が良い例です。

毛利元就は長男の隆元だけを手元に残し(早死にしたため孫の輝元が後を継いだ)、

次男の元春、三男の隆景、四男の元清…(以下省略)はことごとく養子に出しました。

特に「吉川元春」と「小早川隆景」は毛利本家をよく支え、毛利氏繁栄の原動力となりました。


一方の武田家では、信玄の長男で跡を継ぐはずだった義信が謀反を企て自害。

次男は生まれつき目が不自由で僧侶となり、三男は幼いうちに亡くなっていました。

信玄の弟や親類など、跡継ぎの候補は勝頼の他にもいたと言われていますが、

なぜ信玄はわざわざ「お前は代理だ」と断ったうえで勝頼に後を託したのでしょうか?

(それでいて勝頼の子・信勝は自分の跡継ぎとして認めたというのも、不思議な話)


その真相や思惑は当事者にしか分からないことですが、

毛利家にとっての元春や隆景のように、武田軍の中核として家を支える道のほうが

勝頼と武田家にとっては幸せだったのかもしれません。


…というところで、長くなってしまったので続きは明日にします。

「いろいろ」といいながら、1項目しか書けませんでしたので、

できれば明日も読んで頂けると嬉しいな…と思います。

それでは。


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コメント
▼この記事へのコメント<(あれば表示)
こんばんは~

私も歴史ヒストリアをほぼ毎週視聴したいます。
テーマソングも独特で好きです。

ただ録画したものを観ていますので、

今回の武田家の回はまだ観ておりませんので
後日じっくり視聴したいと思います。

武田勝頼は、同じ大河ドラマの
風林火山で知ることとなりました。

やはりその時代時代でおかれた境遇が
あるのだなーと思いながら観ていた覚えが
あります。

今回の真田丸の勝頼は世間の評判は高いようですね。
また日曜日には真田丸がしますのでたのしみです。
2016/02/05(金) 23:09:29 | URL | by六男 (#-) [ 編集]
Re: タイトルなし
六男 さん
コメントありがとうございます。

> 私も歴史ヒストリアをほぼ毎週視聴したいます。
> テーマソングも独特で好きです。
エンディングテーマ曲は何度か変わっていますが、
以前の曲も素敵なものばかりでした。
番組のサントラCDがあれば、買いたいと思うくらいです。

> ただ録画したものを観ていますので、
> 今回の武田家の回はまだ観ておりませんので
> 後日じっくり視聴したいと思います。
もしかしたら、今日明日の記事は
ネタバレになってしまったかもしれないですね。すみません…
ただ、勝頼と家族の絆に関する部分は
私も知らないことが多かったので、是非ご覧ください。

> 武田勝頼は、同じ大河ドラマの
> 風林火山で知ることとなりました。
> やはりその時代時代でおかれた境遇が
> あるのだなーと思いながら観ていた覚えが
> あります。
「風林火山」は少しだけ見た覚えがあります。
川中島の戦いが物語のクライマックスだったので、
勝頼は「諏訪」姓を名乗っていた頃でしょうか。

もしもの話になってしまいますが、
この後義信が謀反など起こさず、信玄の後を継いでいれば
勝頼の悲劇的な後半生も無かったかもしれないと思うと、
歴史とは運命に翻弄された人間達の足跡なのか、と思ったりします。
そこから気づきを得るのが、歴史を学ぶということかもしれません。

> 今回の真田丸の勝頼は世間の評判は高いようですね。
> また日曜日には真田丸がしますのでたのしみです。
よく「武田家を潰した愚将」と言われる勝頼ですが、
今回のドラマでは苦悩したり家臣を思いやったりと
人間らしさも見えて。共感しやすい勝頼像だったと思います。

私自身は、小山田に裏切られた時につぶやいた
「もう良い! もう良いのだ…」というセリフが印象に残っています。

ドラマの方も、本能寺の変で急展開しそうですね。
月曜日にはレビューを載せますので、そちらもよろしくお願いします。
2016/02/06(土) 10:52:37 | URL | byまこな。 (#-) [ 編集]

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