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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【真田丸】第7話視聴。
こんばんは。

今日2月22日は、島根県が制定した「竹島の日」だそうです。

それと「ネコの日」でもあるニャー(←悪ノリ)

だからといって、特に書くこともないのですが。


さて、本題に入りましょう。

昨日放送された大河ドラマ「真田丸」第7話のレビューです。

サブタイトルは「奪回」でした。

それでは、あらすじをどうぞ。


・北条軍約5万の侵攻を受けた滝川一益は、神流川(かんながわ)でこれを迎え撃つが大敗。

 残った手勢をまとめ、本拠である伊勢(三重県)へ撤退しようとしていた。

 一方、真田の郷で「滝川軍敗退」の報を受けた真田昌幸は、この混乱に乗じて

 かつて真田の所領だった滝川方の岩櫃・沼田の両城を攻め、これを奪取することに成功する。

 しかし、一益の人質として沼田城にいるはずだったとりの姿は無かった。

 一益が撤退した箕輪(みのわ)城にいると踏んだ昌幸は、信繁(幸村)を連れて箕輪城に乗り込む。


・箕輪城で昌幸と面会した一益は、人質は信濃を抜ける際に返すこと、

 また岩櫃と沼田を真田に返すことを約束する(一益は、この時点では城が落ちたことを知らない)。

 「早まったことをした」と焦る昌幸だったが、すぐさま次の一手を打つ。

 滝川軍が立ち寄る予定の信濃・小諸(こもろ)城で、人質を奪い返すよう信繁に命じる。

 小諸城に潜入した信繁は知恵を絞って滝川方の兵を欺き、人質を逃がそうとするが

 あと一歩のところでバレてしまい、逆に捕らわれの身となってしまうのだった。


・真田の行動を知り、昌幸に騙されたことに憤りを隠せない一益だったが、もう一つ悩みの種があった。

 伊勢に戻るには、信濃西部の木曽義昌(きそよしまさ)の領地を抜けなければならない。

 その義昌が滝川軍の通過を容認せず、足止めを食っていたのだ。

 一益は悩んだ末、信繁ら人質の身柄を義昌に引き渡して領地を通過することができたが、

 織田家の跡継ぎを決める清洲会議には間に合わず、不遇の晩年を送ったという…。


・木曽義昌に身柄を引き渡された信繁。今後を憂慮する中、事態は思わぬ展開を見せる。

 人質の立場であるはずのとりが、信繁の目の前で義昌に平手打ちを食らわせたのだ。

 もと武田家臣であり、織田信長の信濃侵攻に際して武田を見捨てた義昌だったが、

 とりは義昌が幼い頃から面倒を見てきた存在で、義昌は頭が上がらなかったのである。

 (管理人注:国衆出身の義昌自身も、武田の人質だった時代があったのだろうか…?)

 結局、とりの意向が通って信繁ときりは身柄を解放されることとなった。

 信繁ときりは互いに憎まれ口を叩きあいながらも、真田の郷に戻れることに安堵するのだった。


・とはいえ、とりを救えずに真田の郷に戻った信繁は、昌幸からきつく叱責される。

 「お前は勘に頼りすぎる。だから失敗するのだ」という昌幸の言葉に、反省しきりの信繁。

 しかし、昌幸は「お前はそこが面白い」とも言い、信繁に次の指示を与える。

 「信尹のいる海津(かいづ)城へ行き、上杉家の武将・春日信達(かすがのぶたつ)を調略せよ」

 昌幸は上杉家に庇護を求めつつも、腹の内では北条家へ味方する意思を固めていたのだ。

 春日を北条に寝返らせ、それを手土産に北条氏政・氏直の歓心を惹く作戦である。

 本能寺の混乱が未だ冷めやらぬ中、真田家の生き残りをかけた戦いは始まったばかりであった…。


【『今日の徳川家』は出番無しのため休載します】


いかがでしたでしょうか。

ここでは書きませんでしたが、信繁の兄・信幸も城を任されて頑張っていますし

その妻・こうも久々に出てきました。 やはり『病弱キャラ』全開でした…もはやギャグ要員?


一方、期待された合戦のシーンは冒頭にちょこっと出てきただけで、

「神流川の合戦」もナレーションベースで終わってしまいました。

まぁ、真田軍が積極的に絡んだわけでもないので、これは仕方のないところですかね。


それでも、鎧兜をつけた武将の姿を見ると、気分が高揚してくるのは私だけでしょうか?

りりしい鎧武者の姿は「これぞ戦国武将、これぞ大河ドラマ!」という感じがするのです。

やはり大河ドラマというブランドには、他の連続ドラマには無い要素がある気がしています。


最近の作品では「軽い」とか「史実を無視している」という批評が為されたこともあるようですが

『新たな視聴者層の獲得』と『長年のファンを納得させる演出』の両立は難しいところですね。

特に今年は「真田信繁(幸村)」という人気の高い武将が題材ということもありますので

またいろいろな意見が出てくると思いますが、それらも含めて今後も楽しんで見ていきたいと思います。



追記では、ドラマに出てきた気になるセリフを少し掘り下げます。


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では、追記です。

昨日のドラマの中で、印象に残ったセリフについてです。

このドラマの主人公は、もちろん真田信繁(幸村)なのですが

第7話の時点ではまだ15歳の青年武将。

彼を取り巻く大人たちの行動や思惑に翻弄される立場です。

そして、彼を見守る真田家の人々の存在も見どころとなっています。


今回、そんな真田家の人々が信繁にかけた言葉の中で

特に印象に残った言葉があったので、書き残してみます。

(聞き覚えなので実際のセリフとは若干異なるかもしれません。ご了承ください)


①信繁が小諸城で捕えられた際に昌幸の母(信繁の祖母)とりが信繁にかけた言葉

「思うようにいかぬのが、この世。

 思うようにいかぬ時、いかに振る舞うか・・・。

 望みを捨てなかった者にのみ、道は開ける。」



とりは真田昌幸の母で、昌幸の父・真田幸隆(幸綱)の正室だったとされる女性です。

真田家が信濃に進出してきた武田信玄に接近し、その家臣となったのがこの幸隆の時代。

とりはその頃から武田家とつながりがあり、その隆盛と衰亡を目の当たりにしてきたのでしょう。

(同じく武田に仕えた木曽義昌の幼少期を知っているのも、その縁だと思われます)

自身も、自分が思いもしなかった困難や苦労を味わってきたはずです。


真田家の女性として様々な人生経験を積み、戦国の世の無常を知っているからこそ、

「いかなる時でも望みを捨ててはいけない」と、これからを生きる信繁に伝えたかったのでしょうか。

同時に、先が読みにくい現代を生きる私たちをも激励する言葉でもあるのかもしれませんね。


②とりの奪回に失敗し、落ち込む信繁に対して父・昌幸が諭した言葉

「わしも勘だけで生きておる。

 だがそれは、場数を踏んで手に入れた勘。

 それでもたまには間違える。」


「源三郎(信幸)は間違いは少ないが、真面目すぎて面白くない。

 お前(信繁)は間違いは多いが、面白い。

 面白くなければ、人は動かん。

 二つでひとつじゃ。」


子を持つ父親として、そして真田家の主としてのこの言葉。

正反対の個性を持つ二人の息子を、昌幸はどのように見ていたのか。

それをうかがい知ることができます。


人をまとめて組織を作り、守っていくためには間違いは少ない方がいい。

しかし、世の中を変えていくのは、大抵の場合は「面白い」人間。

「面白い」と思わせるからこそ、他人はその人についてくる。

自分もそのように生きてきたが、それだけでは不十分。

これからは攻めと守り、両方の視点を兼ね備えたものが生き残る・・・。



昌幸は二人の息子に、お互いの短所を補うことを期待していたのかもしれません。

同時に、現代を生きる私たちにも・・・(←またか!)


と、グダグダになってきたのでここで止めます。

私はドラマをほとんど見ないのですが、こういうドラマのセリフって

劇中だけではなく視聴者にも向けられていることがあるのだな、と思います。

見る者の感情を揺り動かしてこそのドラマ、ですからね(←何を偉そうに)。


それでは、今日はこのへんで。


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