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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【雑感】明日で5年。(震災に思う・前編)
こんばんは。

今日は3月10日ということで、今日と明日は「あの話題」にします。

去年の4月から始まったこのブログでは、初めて扱う話題になります。

かなりデリケートな部分もありますし、読む方の立場や考えも様々だと思いますが、

自分が思った限りのことを書きますので、ご理解をお願いします。


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今から5年前の2011年3月11日、東北地方太平洋沿岸で大地震が発生。

その後沿岸部を襲った大津波と、福島第一・第二原発の事故などにより

岩手・宮城・福島の東北3県を中心に甚大な被害が出ました。「東日本大震災」です。


その当時、私は島根県のとある中学校に勤務していました。

卒業式を翌日に控え、1・2年生とともに校内の清掃をしていたと思います。

地震が発生した時には、中庭に出て窓ふきをしていたこともあって

揺れなどはほとんど感じませんでした。


やがて式の準備が終わり、生徒たちを送り出した夕方頃になって、

職員室では「東北で大地震があったらしい」という情報が飛び交っていました。

親戚などの安否を気にする先生もいたように思います。

とはいえこの場でできる事は何もなく、その日はそのまま帰宅しました。


帰宅後、自宅のテレビに映っていたのは信じがたい光景でした。

沿岸部では、押し寄せる津波に流されていく家や車。

都市部でも、交通網が寸断されて帰る術を失った人の群れ。

翌朝のニュースでは、海岸に数百の遺体が上がったと聞いて、身の毛がよだちました。

大変なことが起こったのだと、この時になって実感しました。


3月12日土曜日、山陰地方の沿岸にも津波注意報が発令されていたように思いますが、

中学校の卒業式自体は予定通り行われました。

校長先生の式辞でも、この地震のことが取り上げられていました。


式が無事に終わり、その日は所用のため学校近くのホテルに泊まったのですが

この日の午後に福島原発の事故が発生し、テレビはその話題で持ちきりでした。

一晩中、地震の被災状況と原発事故の映像が繰り返し放送されていました。

あまりにショッキングな内容で、その日はほとんど眠れなかったように思います。


週が明けた次の登校日には、生徒会による募金活動の呼びかけが計画され、

私がこの学校に勤務していた3月末まで、毎日のように呼びかけが行われました。

そして、4月から新たに務めた別の中学校でも、それは同じでした。

被災地から離れた場所ではありましたが、生徒たちの関心は高かったのだと思います。


とりあえず、今の私が思い出せる当時の状況はこのくらいです。

震災発生から5年、私の記憶は確実に薄れていってしまっています。

私自身は実際に被災したり、被災地に行ったりした訳ではありませんので、

現地の人達が持つ経験や想いを共有するのは、難しいことなのかもしれません。


それでも、こうして文章に起こすことで当時の記憶をつなぎとめる事ができますし、

ブログを通して他の人の目に触れることで、見知らぬ誰かに知ってもらうこともできます。

本当に小さな力ですが、この文章が何かを動かす力の一部となればと思い、

個人の経験として書かせてもらいました。


明日は、もう少し踏み込んだ話について書こうと思います。

それでは。


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