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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【真田丸】第23話視聴。

<今日のひとこと>

「『民意』という字が『尿意』に見えたw  俺オワタ\(^0^)/ 」


こんばんは。

昨日の大河ドラマ「真田丸」は、いろんな意味でスゴイ回でしたね。

小田原城に篭る北条氏政はどんどん意固地になって孤立するし、

城を囲む豊臣秀吉はドンチャン騒ぎを始めるし(「石垣山一夜城」の話は出なかったな)、

「聚楽第は落とせる」発言の出浦さんは秀吉打倒を諦めていなかったし、

忍(おし)城に水攻めで挑む石田三成は胃腸が弱いことが判明するし・・・。


そして、何と言っても「連れション」の2連発には思わずのけぞりました。

一応、2発目の「秀吉と家康の連れション」は小田原攻めの逸話になっているのですが

(この時秀吉が家康に関東への国替えを打診した、というのもよく知られている)

誘われた家康の「さっき出したのに・・・」と言いたげな困惑の表情が印象的でした。


というわけで、第23話「尿意」 もとい「攻略」のあらすじです。

・豊臣秀吉は、ついに北条家討伐に動き出した。

 北陸・東海から九州までの大名を動員し、総勢21万という大軍勢である。

 真田軍は石田三成の陣立てに従い、上杉景勝とともに上野方面を攻略することになった。

 ただし、信繁(幸村)は秀吉の本隊に帯同し、伝令などを務めることになる。


・1590年4月、豊臣軍は北条氏の居城・小田原城を包囲した。

 小田原城はかつて武田信玄や上杉謙信の攻撃を退けた堅城であるが、

 それとは桁違いの大軍に包囲された北条方には、降伏論も出始める。

 しかし、北条氏政はそれを頑として認めず、奥羽の伊達政宗に望みを託した。


・一方、上野から北条領に侵入した上杉景勝・真田昌幸らの軍勢は

 武蔵・忍城で激しい抵抗を受け、思わぬ足止めを強いられていた。

 業を煮やした三成は、自ら上杉軍の軍議の席上に乗り込み

 「忍城は私が水攻めで落とす」と息巻くが、果たしてうまく行くのか。


・6月、政宗が秀吉に恭順の意を示したことで、ついに氏政は追い詰められた。

 降伏を勧める氏直や江雪斎の言葉にも、氏政は一切耳を貸さない。

 「関東の覇者」というプライドを捨てられない男の哀しき姿だった。

 ついに秀吉は小田原城への総攻撃を指示し、北条家の命運は風前の灯火に。

 その裏で、信繁は徳川家康と大谷吉継から重要な任務を預かり、小田原城に乗り込む・・・!



というわけで、短めですが今日はここまで。

8年前に琵琶湖のほとりで別れて以来、足取りが分からなかった小山田茂誠さんが

なぜ小田原城にいたのかも気になりますが、それは次回のお楽しみ。

本当にありがとうございました。



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