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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【戦国時代】山崎の戦い(前編)
※このブログの戦国ネタが初めての方は、まずこちらをご覧ください。

どうも、こんばんは。


さて、今日は以前書いた「本能寺の変」の続きとして

「山崎の戦い」について書きたいと思います。


本能寺にて主君・織田信長を討った明智光秀(あけちみつひで)と、

中国地方の攻略を担当していた羽柴秀吉(はしばひでよし)による戦いです。

それでは、本能寺の変直後からの両者の動きを追っていきましょう。

どうしても長くなるので、2回に分けます。今回は前編です。
――――――

<明智光秀の行動>

本能寺にて信長を討った光秀には、やるべきことが多くありました。

まず、信長を討った自身の行動の正当性を主張するため、

朝廷や他の大名家に使いを送ること。

また、信長に仕えていた他の武将たちに

自分に同調するよう説得することなどです。

特に、織田家の武将の中で

大和(やまと、現在の奈良県)の筒井順慶(つついじゅんけい)や

丹後(たんご、現在の京都府北部)の細川藤孝(ほそかわふじたか)などは

光秀との繋がりが深く、自分に味方してくれるはずだと期待していました。

光秀は、他の重臣達が前線から引き返してくるまでには

かなりの時間を要すると踏んで、じっくりと工作を進める構えでいました。


<羽柴秀吉の行動>

一方、中国地方の毛利家と戦っていた秀吉は、

毛利方の備中(びっちゅう、現在の岡山県西部)・高松城(たかまつじょう)攻めの

陣中で信長が光秀に討たれたことを知ります。

一説には、光秀が毛利氏に送った密使が秀吉軍の陣中に迷いこんだことが

そのきっかけだったと言われています。


農民の出身ながら信長に取り立てられ、織田家で出世してきた秀吉にとって、

主君であり恩人でもある信長の死は、大変衝撃的なことでした。

取り乱すばかりの秀吉に、軍師の黒田官兵衛(くろだかんべえ、去年の大河ドラマの主人公)は

このように言ったと伝えられています。


「お気を確かになされませ。今こそ、天下を取る好機ですぞ。」


盛り上がってまいりましたが、ここらで一旦切ります。

後編は、明日更新予定です。




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