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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【戦国時代】もしも、川中島で。

こんばんは。

今日は、久々に戦国時代ネタでいきます。

ただ、今回の内容は史実というより想像に近い部分もありますので、ご注意を。


1カ月くらい前になると思うんですが、あるテレビ番組を見ていて

「もしも川中島の戦いに勝ち負けがついていたら、戦国時代はどうなっていたか」という話題が出ていました。

歴史学者や作家、郷土史の研究家などが出演して自論を述べていて、

その結論は「勝った方が織田信長を破り、天下統一を成し遂げただろう」というものでした。

(厳密には、信玄が勝てば「武田幕府」を開き、謙信が勝てば室町幕府が続いただろう、と)


みなさんは、この結論についてどう思われるでしょうか?

私自身の思いとしては「『天下統一』を単純化しすぎかも?」と感じたのです。

もちろん、これは視聴者にも分かりやすく、なおかつインパクトのある訴えだとは思うのですが

歴史に関して発言力を持つ人たちが簡単にこういう事を言ってしまうことに、疑問がわきました。

これについて、ちょっと自分の思うところを書いてみたいと思います。


そもそも、戦国時代における『天下統一』とは、何だったのでしょうか。

後世の私たちは「一人の大名が全国を支配し、戦争がなくなった状態」だととらえています。

「天下布武」を掲げた織田信長がそれを目指し、豊臣秀吉や徳川家康が成し遂げたことを知っているからです。

さらに、現代のドラマやゲームで「全ての大名が目指したもの」として描かれていることも、影響しています。


しかしながら、当にその時代を生きた武将たちに、『天下統一』の意識があったのかどうか。

もちろん、川中島で戦った武田信玄や上杉謙信など、有力な戦国大名であれば

自らが天下人となる新しい時代を視野に入れていた可能性も、ないわけではなかったと思います。

そこで問題になってくるのが、当時の統治機構である「室町幕府」の存在です。


言うまでもなく、室町幕府は(弱体化していたとはいえ)全国の武士を統括する組織であり、

戦国大名が日本全国に対する権力を掌握しようと思えば、幕府の存在を無視することはできません。

信長は当時の将軍・足利義昭と敵対した挙句に京から追放し、その権威を無力化しましたが

果たして信玄や謙信に、そこまでするビジョンがあったのかどうか・・・?


おそらくですが、信玄にしても謙信にしても信長のように室町幕府を滅亡に追い込むことはせず、

将軍を補佐して安定した政権基盤を作り上げようとしただろうと思います。

その先は、源氏の一族であり「征夷大将軍」になろうと思えばなれたであろう信玄と

「関東管領」として幕府に尽くしたいという気持ちが強かった謙信で違いはあるかと思いますが

こうした背景を説明した上でなら、最初の単純化された主張もある程度は納得できる気がします。


すでに一通りの知識がある人に対して話す時は、それを前提とした説明で十分なのですが

まっさらな状態の人に理解してもらうためには、真っ向から説明しても難しがられるし

単純化しすぎると表面的な知識しか伝わらず、本当に分かってほしいことが伝えられないしで

このブログでもどのように書くかを考えるのに苦労しているのですが、そこは勉強と発信を続けながら

「歴史に興味を持てる入口」となることを目指して、このブログを作っていきたいと思っています。

(その割には、普段は日常のことばかり書いてますけど~~??)


あ、一応この話は続きがあるので、明日書きます。 まぎらわしい終わり方ですいません。

それでは。



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