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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【真田丸】第43話視聴。

こんばんは。

先週から旅日記をお送りしているこのブログですが

月曜日はこれまで通り、大河ドラマ「真田丸」のレビューをお送りします。

気づけば今日で10月も終わり、今年も残り2か月となりました。

ドラマの方も大詰めという感じで、レビューする身にも力が入ってきます。

では、第43話「軍議」のあらすじを見てみましょう。


・真田幸村(信繁)が大坂城に入ったという情報は、信之らの元にも届いた。

 息子たちを徳川秀忠の軍に預けている信之は、意外な行動に出る。

 真田隊を大坂攻めの先陣から外してもらうよう、姉の松に文書をことづけたのだ。

 「敵に身内がいれば、幸村は本気が出せない。それでは大坂に入った意味が・・・。」

 弟には思う存分戦い、九度山での無念を晴らしてほしいという兄としての想いであった。


・一方、大坂城では徳川軍を迎え撃つための軍議が開かれていた。

 幸村は、父・昌幸が死に際に託した「豊臣が徳川に勝つ策」をアレンジし

 京や近江などを押さえるため進軍することを提案したが、賛同は得られず。

 大坂城の上層部は「籠城こそ最善の策」と考えて疑わず、

 なおかつ「将兵は自分たちの指図に従えばよい」と根回しまでしていたのだ。

 だが「自分の実力をこの戦で試したい」と大坂に入ったという毛利勝永が

 幸村の策に興味を示したことから、次第に風向きが変わり始める・・・。


・再び開かれた軍議の場で「籠城では勝てない」と主張する幸村に

 勝永をはじめ長宗我部盛親や明石全登(てるずみ)も同意を示し、

 さらに最後まで渋っていた後藤又兵衛までもが幸村の策に乗ると言い出す。

 幸村はその勢いで、籠城を主張していた豊臣家の武将・木村重成も説得し、

 ついに秀頼自身から「徳川を城外で迎え撃つ」という判断を引き出した。

 ところが、これを土壇場でひっくり返したのは、まさかの人物の一言だった・・・!



さて、総勢20万という徳川軍に対し、大坂城の将兵はおよそ10万。

当時の合戦において、2倍の兵力を持つ敵が攻めてきた際には

城や砦が無い場所で迎え撃つ、いわゆる「野戦」では勝ち目が薄く

このドラマでも主張された通り「籠城して持ちこたえる」のが基本でした。

戦国時代には、2倍どころかそれ以上の兵力だった攻撃軍を撃退した籠城戦もあります。


まして、当時の大坂城は豊臣秀吉が巨額の資金と実戦の知識・経験を注いで作らせた

「天下一の城」であり、同時に「豊臣家の象徴」といえる最強にして最後の砦です。

まだ若く、実戦経験もない秀頼に代わって豊臣家の意思決定を担う者たちが

「大坂城に籠城すれば、家康も怖くない」と本気で信じていたのも分かる気がします。


しかし、彼らの本音は別のところにあったようです。

「寄せ集めの将兵は信用できないから、その意見など聞く耳持たぬ」という感じでしょうか。

実際、大坂城に集まったのは関ヶ原の戦いで領地や勤め先を失った牢人(ろうにん※)や

後藤又兵衛のように勤め先を解雇され、他の家にも仕官できないという流れ者ばかり。

それを雇った豊臣家の重役たちから見れば、言葉は悪いかもですが

「飯や住む場所の面倒をみてやるんだから、余計なことを考えず戦え」という意識があったのかもしれません。

(※)「浪人」という字があてられることもあるが、これは江戸時代以降に生まれた表記らしい


一方、幸村が主張した「出撃策」にも、一理あります。

まず「籠城で勝つには、城の外から援軍が来ることが不可欠」という幸村の説明。

前述した籠城戦での逆転勝利も、ほとんどは援軍の到着で戦況が変わったものです。

しかし、今の大坂城は又兵衛の言葉通り「日本中を敵に回している」状態で、援軍は期待できません。


さらに、片桐先生が家康に伝えた「大坂城の兵糧は半年も持たない」という問題。

敵に囲まれた城に籠れば、外からの補給が絶たれ食糧や水の貯えが減っていきます。

(兵や領民の餓えに耐え切れずギブアップ、という籠城戦の決着も多くあった)

それも10万人、今なら1つの都市に匹敵するような人口を抱えた

大坂城に今あるだけの食糧で、2年も3年も食いつなぐことができるのかどうか? 

「籠城ならすぐには負けない、だが勝つ見込みもない」と幸村は考えたのでしょう。

「京に攻め上り家康を討ち、橋を落として援軍を絶つ」のは、あくまで勝ちにこだわった戦略でした。


ですが、最後の決め手となったのは秀頼の母・茶々の「籠城です。」の一言でした。

茶々本人も人生で2度の籠城戦を経験し(浅井長政の小谷城と、柴田勝家の北ノ庄城)

その結果として大切な人を失い、心に傷を負ったはずなのに、なぜ籠城にこだわったのか。

「秀頼を危険な目に遭わせたくない、城にいれば安全だ」という母の想いか。

「牢人たちは信用できない、大坂城だけは信じられる」という豊臣家の人間としての意地なのか。

それとも・・・ 「あなたと私は同じ日に死ぬの」の予言に縛られて・・・?


どうあれ、この決定が後の世に語り継がれる「真田丸」の戦いにつながっていきます。

次回、第44話「築城」をお楽しみに。



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