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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【真田丸】第44話視聴。

こんばんは。

昨日は心配をおかけしてすみませんでした。

体調の方は万全ではないものの、ある程度は回復しました。

でも週明けの残業は避けられず・・・全身の疲労感は残っています。


それでも、書かずにはいられない大河ドラマ「真田丸」のレビュー。

第44話「築城」で、ついに「幸村の城」とも言える『真田丸』の全貌が明らかに。

視聴者を(いい意味で)裏切るオープニング&エンディングの演出も相まって、

ドラマのクライマックス「大坂の陣」に向かう布陣は整いました。


それでは、いつものようにあらすじから。

・幸村(信繁)の献策もむなしく、籠城と決まった大坂城の豊臣軍。

 次善の策を考えることを怠らない幸村は、大坂城の弱点が南であることを見抜き

 城の南・平野口を固める出城を作ることを思いつくが、そこには意外な先客が・・・。


・幸村ら5人の大将は、自らが陣頭に立って徳川軍を迎え撃つ布陣を提案する。

 しかし、織田有楽斎や大蔵卿局は「牢人は信用できない」の一点張りでこれを却下。

 「もはや我慢ならん、城を出る」といきり立つ後藤又兵衛や毛利勝永をなだめる幸村。

 そこへ大野治長がとりなすことを申し出て、出城の建設は秘密裡に進むことになった。


・出城の建設と平行して、幸村は武田家伝統の「赤備え」を復活させようとしていた。

 「赤備え」とは、兜から鎧・具足まで赤で統一した、かつての武田軍の精鋭部隊である。

 漆の塗り方まで細かく指示を出す幸村の前に、有楽斎が現れる。

 その口から放たれたのは、とんでもない一言だった・・・。


・出城の建設すら許さない上層部の采配に、もはや憤りをも通り越した幸村ら牢人たち。

 本気で城を捨てることを考えた彼らを救ったのは、豊臣秀頼本人の言葉だった。

 「私が許す。この出城、仕上げよ」

 秀頼は、母である茶々にも「この城の主は私です。彼らがいなければ、我らは負けます」と説得。

 こうして、出城はついに完成。翻る六文銭の旗。幸村は高らかに宣言する。

 「ようやく私も城持ちになった・・・ 城の名は、『真田丸』よ!!」

 (ここでオープニングテーマ)



今回のラストシーンは、文句のつけようが無いほど格好良かったと思います!

第1話で信濃から船出した『真田丸』が、ついにあるべき場所にたどりついたという感じで。

いよいよ、後世に「日本一の兵(つわもの)」と語り継がれることになる、真田幸村の戦いが始まります。

ドラマを見ていない人も、今からでも遅くない。このブログの記事を読んで、次回以降に備えるのじゃ!(うざい?)

・・・うざいといえば、きりちゃんはどうしてるのかな(←おい)


さて、あとは気になった小ネタをいくつか並べます。

・幸村に先駆けて出城を作る提案をしていたのは、なんと又兵衛。

 しかし「徳川に勝つための城」を作りたい幸村とは対照的に、

 「敵の矢面(やおもて)に立って華々しく散る」ためだった、というのは面白い設定。

 結局、幸村の緻密な作戦に納得した又兵衛は折れ、『真田丸』の構想が動きだします。


・そんな幸村らの作戦にことごとく難癖をつける男、織田有楽斎。

 織田信長の弟であり、茶々の叔父にあたる存在です(茶々の母・お市と同じ年生まれの兄か弟)。

 その縁で秀吉の代から豊臣家に仕えており、大坂城内での発言力はかなりのもの。

 しかし、実は関ヶ原の戦いでは徳川家康に接近して東軍に加わった経歴もあり、

 今回の戦いでも、本気で豊臣家を勝たせようと思っているのかどうかは分かりません。

 また、武士というより茶人として有名になった彼は、戦になるのを避けようとしていたとも言われ・・・

 「牢人は信用できぬ」と再三言いながら、彼自身は信用に値する男なのか? 今後に注目です。


・再登場の出雲阿国さん、まさかの「自分は二代目」発言(役者は同じ)。

 服部半蔵も同じ役者の二代目が出てきたから、違和感はそれほど無かったけど。

 そう考えると、30年前から全く見た目が変わらない与八も、実は二代目だったりして(妄想)

 最近は斉藤道三のように「実は親子二代でした」説が有力な武将もいるしなぁ・・・

 まぁその辺は、見る側の想像におまかせってことで。


・「真田の赤備え」として後世に伝わる、幸村とその配下の真っ赤な装備。

 ルーツをたどれば、前述のとおり真田家が仕えた甲斐武田家に行きつきます。

 勇将揃いの信玄配下の中でも武勇随一と称された飯富(おぶ)虎昌と、

 その弟で武田四名臣の一人とされる山県(やまがた)昌景が率いたとされます。

 また、武田家が滅亡し、その遺臣を多数召し抱えた徳川家康の家臣・井伊直政は

 その武勇にあやかろうと「赤備え」部隊の継承を志願した、と言われています。

 直政は「真田丸」には登場しませんが、来年の大河では「井伊の赤備え」にも注目したいですね。



あぁ、疲れているのについつい語ってしまった。

年老いたのに戦の話になると張り切る、家康のことを笑えないね(←誰が年寄りやねん!)


次回はついに大坂冬の陣が開戦します。

第45話「完封」にご期待ください。

あと、明日から再開(予定)の旅日記もね。



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コメント
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赤揃え
お疲れ様です。
赤揃え、武田は強い!!。
先日その躑躅ヶ崎館跡の武田神社で孫達の七五三参りを行いました。
くどいようですが、余りご無理なさいませんように。
2016/11/07(月) 22:08:20 | URL | byMK (#-) [ 編集]
Re: 赤揃え
MK さん
コメントありがとうございます。

> お疲れ様です。
> 赤揃え、武田は強い!!。
> 先日その躑躅ヶ崎館跡の武田神社で孫達の七五三参りを行いました。
赤備えを見ると、戦国時代好きの血が騒ぐというか
おのずと興奮してきてしまうんですよね。
目立つ色で敵を威圧し、ひるませる効果もあったのでしょう。
ドラマの幸村も、それに違わぬ活躍を見せてくれるはずです。

躑躅ヶ崎館の跡地には、武田神社があるんですね。
いま「躑躅」を「つつじ」と読めるのも、武田信玄のおかげです(笑)
山梨県は行った事がないので、いつか行ってみたいです。

> くどいようですが、余りご無理なさいませんように。
ありがとうございます。
しっかり睡眠をとって、寒さに負けないようにします。
2016/11/08(火) 19:37:41 | URL | byまこな。 (#-) [ 編集]

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