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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【戦国時代】吉田郡山城の戦い~戦国時代の中国地方9~
みなさん、こんばんは。

昨日の予告通り、戦国時代ネタをお送りします。

シリーズ「戦国時代の中国地方」第9回目です。

今回はいつもと調子を変えてお送りします。
‐‐‐‐‐‐



出雲を本拠とする尼子氏の勢力下にあった毛利元就は、

家督相続の騒動に介入されたことを機に尼子氏との縁を切り、

尼子氏と対立する周防の大内氏との関係を深める。

中国地方年代記 2


それからしばらく後の1540年6月。

尼子氏は敵となった毛利氏を討伐するため、

安芸国・吉田郡山城に兵を差し向けた。

先陣を切るのは、尼子家当主・尼子経久の次男にあたる猛将、

尼子国久(あまごくにひさ)らが率いる精鋭部隊「新宮党(しんぐうとう)」である。


対する毛利軍は、近隣の反尼子系勢力に呼びかけてこれを迎え撃ち、

地の利もあってどうにか撃退することに成功する。

これに業を煮やした尼子家の次期当主・尼子晴久(あまごはるひさ)は

同年9月、自ら3万の大軍を率い、再び安芸に乗り込んだのであった。


毛利軍の兵はわずか3000。尼子軍の10分の1である。

前回ともに戦った近隣の勢力も、今回は尼子の大軍を恐れて動こうとしない。

元就はたまらず、周防の大内義隆に救援を要請した。

しかし、その時にはすでに尼子軍は吉田郡山城に迫っていた。


元就は、城下に住む住民を城内に迎え入れ、籠城(ろうじょう)の構えをとった。

住民を城に抱え込めば、それだけ食糧の減りが速くなるが、利点もある。

成人男性は臨時の兵として活用し、女性や子どもには食事の支度や衣類の準備をさせて

武将たちが存分に戦える態勢を整えることができる。

また、住民が勝手に敵方へ投降するのを防ぐ意味もあったという。


元就が籠る吉田郡山城は、山中に築かれた天然の要塞であった。

後世の城のような天守閣などは無いが、狭い山道と険しい地形に守られ

大軍といえども一度に攻めかかることは不可能であった。

とはいえ、10倍の数の敵をまともに相手にしては勝ち目は無い。

元就は、この状況を打開する策を思案していた。


一方の尼子晴久は、余裕の表情を浮かべていた。

いくら城の守りが堅いとはいえ、10倍の兵で攻めれば手も足も出まい。

さしもの元就も近いうちに降伏してくるに違いない…と踏んでいた。

実は、すでに80歳を越えた祖父・経久や重臣たちからは

『元就侮りがたし』として、今回の出陣を反対されていたのである。

「ならば、この戦いで圧倒的な勝利をおさめ、目にものを見せてやろう…」

まだ若い晴久の胸には、そんな思いが渦巻いていたのかもしれない。


元就は、晴久のそうした『心の隙』に勝利への活路を見いだした。

守っては、自ら采配をふるって尼子軍の攻撃をしのぎつつ、

兵士や領民の心が折れないように鼓舞し続けた。

一方で、城に続く険しい山道のあちこちに伏兵(ふくへい)を配置し、

厳しい地形の行軍に疲弊した尼子軍に打撃を与えた。

さらに、元就は城内に潜入した尼子の間者(かんじゃ、今で言うスパイ)に偽の情報を流し、

それを真に受けた尼子軍の指揮系統は、二転三転する情報に混乱していった。

こうした要素が重なり、晴久の城攻めは思うように進まなかった。

『元就侮りがたし』という経久らの不安は、現実のものとなっていったのである。


そして、攻防が始まってからおよそ3か月後の12月。

元就が待ちに待った周防からの援軍が到着した。

大内氏の重臣・陶隆房(すえたかふさ)が率いる兵、およそ1万。

3か月間城を攻めあぐね、疲労の色も濃い尼子の遠征軍は、その知らせに震え上がった。

尼子軍は年明けに大内軍と一戦を交えたが、次第に劣勢になり撤退を決意。

晴久は、多くの兵と自身の面目を失い、出雲へ引きあげていったのである。


こうして、毛利家にとって最大の危機は去った。

しかし、次の戦いがすぐそこに迫っていた。

2年後、尼子軍大敗の報に気を良くした大内義隆が、

尼子氏の本拠地・出雲への出兵を決めたのである。

当然、大内氏の傘下にある元就にも、出陣を促す書状が届いた。

元就の脳裏に、退却していく晴久の後ろ姿がよぎっていた…。

‐‐‐‐‐‐

文章が少し固かったでしょうか?すみません。

次回の更新をお楽しみに。




コメント
▼この記事へのコメント<(あれば表示)
読みやすくて、とても面白かったです!!

10倍の敵に対し、3か月の籠城戦。

想像するに恐ろしい事態ですね。
2015/06/24(水) 21:55:57 | URL | bykids (#-) [ 編集]
Re: タイトルなし
kids さん

コメントありがとうございます!

> 読みやすくて、とても面白かったです!!
>
ありがとうございます。
今回は意図して書き方を変えてみましたが、
今後もいろいろと試していきたいと思っています。

> 10倍の敵に対し、3か月の籠城戦。
>
> 想像するに恐ろしい事態ですね。

そうですね。
城に籠る側はいろいろと大変だったようです。
今回の場合は「援軍を頼んであったこと」と「攻め手(晴久)に隙があったこと」
あとは何より「元就の采配が巧みだったこと」が勝因でしょうか。

実は、中国地方の戦国史を語る上で外すことのできない
さらに過酷な籠城戦の話がありますが、どう書こうか思案中です…
(籠城側がとても悲惨な状況に追い込まれますので…)
もう少し先の話になりますが、頭の片隅にでも置いておいてやってください。

それではまた。
2015/06/25(木) 06:15:29 | URL | byまこな。 (#-) [ 編集]

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