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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【戦国時代】新シリーズ序章、足利将軍家の系譜。

こんにちは。

先週から予告していた通り、今日から新しいシリーズ企画をスタートさせます。

内容はこれも予告していましたが「室町幕府から見た戦国時代」になります。

それまでの権威や家柄が無用の長物となり、個人の実力しだいで権力の座にのし上がることができた『下剋上』の時代。

そんな中、その「権威や家柄」においてすべての武家の頂点にあった室町幕府・足利将軍家はどんな運命をたどったのか。

有名な戦国武将の活躍の影で、ほとんど語られることのない彼らの戦いと苦悩、そして生き様を見つめます。

1週間かけて考えた今回のシリーズのタイトルは、「落日 ~室町幕府、終焉への道~」。 

暗い雰囲気で申し訳ないですが、正直明るい話題は少ないのでなにとぞご了承を。


さて、今回はその序章として、室町幕府と足利将軍家に関する基礎知識をご紹介。

室町幕府の初代将軍といえば、ご存じ足利尊氏(あしかがたかうじ)

尊氏は、政治の実権を握っていた後醍醐天皇を京都から追放し、新たな政治体制の構築に着手。

自身の政治方針を定めた「建武式目」を表明した1336年、または尊氏が征夷大将軍に任ぜられた1338年を

実質的な「室町幕府」成立の時期とするのが一般的な見解です。

ちなみに、「室町幕府」の名前の由来は3代将軍・足利義満(よしみつ)が自身の邸宅を建てた地名、と言われています。

なので、尊氏の頃にはまだ「室町幕府」とは呼ばれていなかったことになるわけですね。 細かい話でスマン・・・


では、尊氏から始まる室町幕府の将軍は全部で15人いますが、何人知っていますか?

歴史の教科書で大きく扱われるのは尊氏と義満、それに8代の義政(よしまさ)くらいなので

それ以外の将軍の名前は、歴史の研究者やファン以外にはほとんど知られていないように思います。

特に中盤から終盤の将軍は、これからの記事にも出てきますので、ここでお名前を大発表しちゃいます。

さらに、親子や兄弟などの関係がそれとなく分かる家系図(らしきもの)もお付けしましょう。 いよっ、太っ腹!(←誰?)

ブログをご覧のみなさん、今すぐメモのご準備を!(←だから、通販番組じゃないって)


初代・尊氏 → 2代・義詮(よしあきら) → 3代・義満 →

4代・義持(よしもち) → 5代・義量(よしかず) → 6代・義教(よしのり) →

7代・義勝(よしかつ) → 8代・義政 → 9代・義尚(よしひさ) →

10代・義殖(よしたね) → 11代・義澄(よしずみ) → 12代・義晴(よしはる) →

13代・義輝(よしてる) → 14代・義栄(よしひで) → 15代・義昭(よしあき)


足利将軍家 略系図

いかがでしたでしょうか。 (←何がだよ)

ただ名前と順番だけ憶えろ、というのも受験勉強的であまり面白くないので

何人かについてのエピソードもちょっとだけ紹介して今回の結びとしましょう。

ただ、これも一方的に教えるだけではつまらないので、クイズ形式にしておきます。

興味のある方は、次回以降の予習も兼ねて調べてみるのもいいかと思います。

15代続いた足利将軍の中には、

・剣の達人から教えを受け、「剣豪将軍」とあだ名された人がいます。

・わずか9歳で将軍になるも、8か月後に死んでしまった人がいます。

・兄弟など他の候補者と「くじ引き」をし、将軍になることが決まった人がいます。

・将軍でありながら、一度も京都の地を踏むことができなかった人がいます。

・政治の混乱で一度は将軍の座を追われながらも、後に返り咲いた人がいます。


一部を除いて知名度が低く、地味なイメージの強い足利家の将軍たちですが、実は結構個性的だと思えてきませんか?

次回以降、これらの答え合わせをしながら掘り下げていきますので、よろしくどうぞお付き合いください。


では、今日はここまでということで。 次回もお楽しみに。


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