そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
日記、雑談、戦国、FX・・・まだまだ増えるかも? 気の向くままに言葉をつづります。
【雑感】痛みに耐えさせるより、手当ての仕方を身につけさせるのが教育ではないか、と。

こんにちは。

今日言いたい事はタイトルの通りなんですけど、説明が必要ですよね。

うまく伝わるかどうか分かりませんが、6連勤の4勤目で考えていたことを書きます。


例えば、転んでひざを擦りむいた子どもがいるとしますよね。

泣きわめいているその子を見て、あなたはどうするでしょうか?

「知らない子だから」と見て見ぬふりをして立ち去る人もいるでしょう。

「大丈夫?どこが痛いの?」とすぐさま駆け寄って頭を撫でてあげる人もいるでしょうか。

親であれば「何やってるの! 泣いてないで立ちなさい!」となるかもしれません。

どれが正解とか不正解とかはないのですが・・・  子どものひざの傷は誰が手当てするのかな?


大人は子どもに対して、痛みとか苦しみを「我慢しなさい」と言うことが多い気がします。

自分が子どもだったとき「自分も、親や周りの大人から『それくらい我慢しろ』と言われて育った」からかもしれません。

あるいは「大人になったらもっと痛いこと、苦しいことがあるから耐える力をつけなさい」ということを教えたいのかも。

その気持ちも分からないではないですが、それで本当に子どもは痛みや苦しみに立ち向かえるでしょうか?

痛みや苦しみを我慢すること、そしてそうするしかない自分自身が嫌になって、挑戦することを諦めてしまわないでしょうか?


確かに、世の中に出れば理不尽な痛みや苦しみは、いつでもどんな場所でも降りかかってくるものです。 

それを「自分が我慢していれば、いつか解決する」と必死で耐え忍ぶ大人の姿は、哀しいと思います。

RPGの戦闘中に「防御」を選び続けても敵には勝てない(敵が逃げることもありますが、経験値は手に入りません)ように、

どこかのタイミングで「攻撃」なり「回復」をしないと、いつかはこちらのHP(ヒットポイント)が0になって倒れてしまうのではないでしょうか。

特に大事なのは、自分自身で「回復」する方法を知っておくことだと思います。

美味しい物を食べる、好きな音楽を聴く、好きな場所に出かける、あえて苦手な人としっかり話をしてみる(高難度)など、

「我慢する」以外の行動オプションをいくつか持っておくと、ストレスとの付き合い方が少しでも良い方に変わるはずです。

できたら、私も含めた大人たちがその事を子どもや若い世代に伝えていってほしいと思っています。


こう言うと「子どもを甘やかすな!」と反論も受けそうですが、

甘えを許されなかった子どもは甘えを許さない大人に育つ気がします。 それでは多分何も変わらないし、何も生まれません。

自分はどういう生き方をしたいのか、どう生きるのかを選ぶのは子ども自身ですが、その選択肢の大半は大人が与えるものです。

人生の厳しさや苦しさだけでなく、どうやってそれを乗り越えた(やり過ごした)のかを伝えることは、甘やかしでしょうか。


・・・ちょっと堅苦しすぎましたかね。

日曜の夕方で『笑点』の大喜利を見ながらする話題でない事は、確かなんですけどね(←本当だよ)

まだまだ暑い日が続きそうですが、なんとか乗り切っていきましょう。

では、また。

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