そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
日記、雑談、戦国、FX・・・まだまだ増えるかも? 気の向くままに言葉をつづります。
【雑感】イヤな記憶は、水に流そう。 いっそまとめて、”見ずに”流そう。(なんてね)

こんばんは。

11月も早いものでもう半分が過ぎようとしています。

朝の冷え込みも一層身にこたえるものとなってきました。 風邪をひかぬよう気を付けねば・・・


さて、日本語には『水に流す』なんて言葉があります。

これは主に他者との関係の中で許せない言葉とか、我慢がならないような仕打ちを受けたとしても

それらをすべて無かったことにして、一から人間関係を作り直そうとする時に使われる言葉です(解釈には幅がありますが)。

ここで言う”水”とは日本各地に流れる”川”を指していて、”川に流せば海がすべて飲み込んでくれる”という意味があるとも。

果てしない海に囲まれ、水と自然に恵まれた日本ならではの言い回しなのかもしれません。


で、今日の私が言いたいのは『他者とのコミュニケーションを円滑に』とか『人を許す度量を持とう』とかではなくて

自分の頭から離れない”イヤな記憶”も、きれいさっぱり水に流せたらいいのになぁ、という話なんです。

人間誰しもこの世に生きていれば一つや二つはあるでしょう、思い出すたび不愉快になる記憶が。

”心無い言葉を浴びせられた”とか、”大勢の前で恥をかかされた”とか、”誰も自分を相手にしてくれない”とか・・・。

そういう”つらい”記憶に限って、率先して忘れたいはずなのに頭の片隅にこびりついて離れないんですよね。

で、忘れかけたかと思った頃に、まるでかさぶたをはがしたくなるかの如く思い出して、治りかけた傷口が開いてしまって・・・ あぁ。

『人は過去を反省して将来を良くするために、イヤな記憶も大事に保管するんだよ』みたいなことも聞きましたが、苦しんでる本人にしたらいい迷惑。

むしろいくら反省したって、一度できた傷が魔法のように治るでもないし、こっちは思い出すのもイヤなんだよ! なんて・・・


ちょっと文面が荒くなってきたので、冷静になってまとめますね。

自分の過去をそっくりそのまま”水に流す”ことは、さすがに不可能なのかもしれませんが

ちょっとの間だけ”見ずに”流す、つまりできるだけ視界から遠ざけて生活することはできないでしょうか。


具体的な方法は・・・私も試行錯誤しながら取り掛かり始めたところなので、オススメとまでは言いきれませんが

”今起きていること”や”自分がやりたいこと”だけに集中してみる、言い換えると視野をあえて狭めてみることも一案です。

それらも思い浮かばないほど疲れている時は、”数を数えながらゆっくり深呼吸”とか”背筋を伸ばして歩いてみる”だけでも(私の場合は)少しだけ楽になりました。

”こころの傷あと”にできたかさぶたに触りたくなる気持ちを抑えれば、傷の治りも早くなるし集中力も沸いてくる気がします。

もちろん専門家でも何でもない私が言うことですので、効果には個人差があるし保証もできません。 そこはあしからず。


そんなわけで、これから起こることも時々は”見ずに”流して、うまく立ち回っていきたいと思ったのでした。

今日はこんなところで。

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