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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【人生(仮)】相撲取りの世界では、”食べるのも寝るのも稽古のうち”というらしいけど。

こんばんは。

年明けからちょうど1週間になりました。 今年最初の日曜日でしたね。

来週には大相撲初場所が始まるらしいですけど、内外が騒がしい中で大丈夫なんでしょうか・・・

今日の記事のタイトルも何やら”思わせぶり”なものですが、相撲の話ではありませんから! 残念!(←2018年もチョイスが古いなー)


今日は仕事が休みで、久しぶりに腰を据えて読書をしていたんですけど

読んでいた中に気になった一節があって、いろいろと考えていたんですよね。

本題は資本主義と社会主義の違いについて、だったと思いますけど(イデオロギーを論じるつもりは微塵もない)

ざっと引用しますと「労働とは、自分の能力を”価値”として物に刻み込む、人間だけが持つ営みである。

しかし、資本主義における労働は効率化・分業化され、その成果も資本家のものとなり、もはや強制される”作業”に過ぎない。

労働者は、労働よりも食事や娯楽にのみ人生の価値を見出すようになりはしないか」
(社会主義を提唱したとされるマルクスの主張より)

今からちょうど200年前にドイツで生まれた学者の主張ですけど、なかなか現代日本の”イタイ所”を衝いている気がしなくもありません。

実際日本で食べる事や遊ぶ事には全く不自由しないけど、それはお金があってこそのことで、そのお金を稼ぐ事にはとんでもなく不自由を感じるという・・・


これから先、AI(人工知能)だのビッグデータだの、生半可な人間では到底手が及ばない先進技術が市場に導入されると

それを使いこなせる人はどんどん仕事とお金が手に入るけど、そうでない人はどうなってしまうのかという不安はあります。

「そうならないように努力するんだ、負けたヤツは自己責任だ」という人もいるでしょうけど、人間はスタート地点も能力も一人ひとり違って、決して平等ではない。

一流(という表現は私は好かないが)のスポーツ選手やタレントでも、予測できないケガや不祥事でその後の人生を棒に振ることだってある。

ましてスタート地点も能力も二流・三流(重ねて言うがこういう人間の区別の仕方は私は嫌い)でしかない人間なら言うに及ばず・・・ 

もちろんそこから這い上がる人もいるし、そういう存在からは学ぶべきところも多いけど、全員が同じ方法で成功できるわけでもない。

とりわけ”学校で勉強ができた”しか取り柄を持たないタイプの人間は、(すでに現代でもだけど)将来は相当苦労するんじゃないかと・・・


いかん、また話が変な方向にそれてしまう。 軌道修正。

で、タイトルの話に戻るわけですけど、お相撲さんは本場所で勝つために、毎日稽古を積むのは当然のこととして

常人の数倍の量の食事をし、充分な睡眠(昼寝含む)をとって栄養を吸収し、部屋での共同生活で相撲界のしきたりや人間関係を学び・・・

と、生活の大半の場面で何らかの学びや鍛錬を得ているようなのですよね(子どもの頃、興味があってそういう本を読んだことがある)。

もちろん素質に恵まれていたり、大きなケガをせず高い意識を持って稽古を重ねた力士のみが”一人前”の『関取』になれるわけで

脚光を浴びる人とそうでない人、言い換えれば”優勝劣敗”がはっきりするスポーツの厳しい世界ではあるのですけど

そういう”アスリート”でない大多数の人にとっても、自分が働くのが”時間と労働力を売ってお金を稼ぐため”に過ぎなかったとしても

労働以外の時間を”次の労働に向かうための骨休め”としか考えないのは、正直もったいないことなのかな、と思ったりして。


バランスの取れた食事と十分な睡眠をとって体調を整えること、読書や学習の習慣をつけて新しい知見を得ること、

あるいは仕事場以外の人たちと広く関わること、逆に自分自身の生き方や考え方を掘り下げていくこと、などなど・・・


お相撲さんの生活と同じで、本業に従事する時間以外の方が、自分の人生にとって重要なのかもしれない、と。

そういう時間を持つことすら許されないほど長時間労働に拘束する、あるいは労働者の心身に過度の負荷をかけて身動きを取れなくする

いわゆる(定義づけが異なるかもしれないが)”ブラック企業”がなくならないのは、資本主義の宿命として仕方ないのかもしれないけれど

一人でも多くの人がその呪縛から逃れることができれば、多少なりとも”働き方改革”の成果となり得るのではないかと。

あとは”お金を稼げない=(日本で)暮らしていけない”という(一種の強迫に近い)価値観も、いつか変わる日が来るのかなぁ・・・なんて。


まぁこのブログは思想や主義の良し悪しを議論する場ではないし、政治家や大企業に注文をつけたところでしょうがない部分もありますんで

今日のところは『人生の中で何に最も重要な価値を見出すか、という問いを一人ひとりが突き付けられてるんじゃなかろうか』という結論(?)にしておきます。

私もこれまで自分の人生を投げ出したくなることが数えきれないほどあったし、これからも数十回、数百回とあると思いますけど

何か”人生を懸けてなすべきこと”が見つかれば、それに視線を向けることで多少の問題は視界に入らなくなる気がしましたから。

『お金が欲しければ一生働けばいいし、知識が欲しいなら一生勉強すればいい』と、テレビで見た誰かが言っていましたっけ。


ただ”それができないから苦労してるのさ”と、私の心の奥底にある弱気が叫んでいます。 

でも気持ちが熱い今だけは負けたくないなぁ~、自分の中の弱気に。

何日かすれば平熱に戻るだろうけど、このままくすぶったままでいたくもないので、心を乗っ取られないようにしないと。


・・・うん、明日からもまたいつもの仕事だけど、ちょっとやる気出てきた。

では、へばってしまわない程度に頑張ってくるので、皆様方もどうぞ”ぬかりなく”

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