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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
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【戦国時代】シリーズ「落日」第3章・9 足利”ラスト・ショーグン”義昭 ~兄の遺志を継いだ”流れ公方”の誕生~

こんばんは。

毎週土曜日にお送りしておりました、戦国時代シリーズ連載「落日 ~室町幕府、終焉への道~」

先週、先々週と2度にわたって今回の連載を延期することになってしまい、改めてお詫び申し上げます。

前回の記事からちょっと間が開いてしまったので、復習が必要な方はこちらからどうぞ。 ⇒前回の記事”義輝、死す”


さて、今回からはいよいよこの連載の佳境、歴史上”室町幕府最後の将軍”となった15代・足利義昭(あしかがよしあき)の登場となります。

勘の鋭い方だとここで 『義輝が13代だったのになぜ15代? 14代は??』 という疑問を持たれるかもしれません。

そこで今日のお話は義昭が15代目の将軍となる少し手前、ほとんど世に知られていない14代将軍の話を中心に見てみたいと思います。

例によって幕府周辺の京や畿内は権力闘争でグチャグチャの状況であり、華々しい合戦シーンなどは出てきませんので、あしからず。


1565年、室町幕府13代将軍・足利義輝は、畿内に影響力を広げる戦国大名・三好家の兵に襲われ、志半ばで命を落としました。

この事件の首謀者とされてきた(近年アリバイが見つかり、この説は否定されつつある)三好家の重臣・松永久秀

同じく三好家の政策を左右する3人の重臣(”三好三人衆”)とも距離を置き、大和(やまと、現在の奈良県)を拠点に独自の勢力を築くべく動き出します。

後に三好三人衆の軍勢と衝突し、東大寺の大仏殿を焼失させる(これも出火の原因や責任の所在は諸説あり)など畿内を大いに混乱させますが、それはまだ先の話。


一方、”三好三人衆”の方は義輝を亡き者にしたとはいえ、幕府そのものを滅ぼすつもりはありませんでした。

彼らはあくまで”将軍主導の政治の復活”を目指した義輝が邪魔だっただけで、これまで通り将軍が自分たちの言う通りに動く”お飾り”でいてくれれば、それで良かったのです。

そして、彼らにとって絶好の”お飾り”将軍候補が、すぐ近くにいたのも好都合でした。 それが、室町幕府14代将軍の正体なのです。


もう覚えている方も少ないと思いますが、義輝の父で12代将軍・足利義晴(よしはる)生き別れの兄弟がいたのはすでにお話ししました。(以前の記事

その義晴の兄弟・足利義維(よしつな)はいろいろとあって四国に渡り、長らく三好家のお世話になっていました。

そして彼が病気のため政界を引退すると、その息子の足利義栄(よしひで)が家を継ぎ、同じように三好氏とお付き合いをしていたのです。

そこは腐っても(失礼)将軍家の血を引き、世が世なら将軍になっていてもおかしくなかった義維の息子ですから、三好氏の側でもこの縁を大事にしていました。

そうした折に義輝の死で将軍位が空位になったわけで、中央政治の実権を握りたい三人衆が彼を放っておく手はありません。

その結果、義輝暗殺から3年後の1568年初頭、室町幕府14代将軍に足利義栄が就任することになりました(もちろん紆余曲折はあったのですが)。

しかしその頃の京周辺は、先に述べた三好三人衆と松永久秀らの対立で治安が悪化しており、義栄自身は京に入ることができなかったようです。


一方、本来の主役であるはずの足利義昭はこの頃どうしていたかというと。

義晴の次男、つまり義輝の弟として生まれた義昭は、足利家代々のしきたり(※)で出家してお坊さんになっていました。

(※)『応仁・文明の乱』のきっかけを作った足利義政の弟・義視が、もとはお坊さんだったことを思い出していただきたい。

京を離れて大和国の寺院・一乗院(いちじょういん)『覚慶(かくけい)』と名乗り、修行の日々を送っていた(のちの)義昭。

しかし、兄で現職の将軍だった義輝が暗殺されたことで、平穏な生活も終わりを告げます。

義輝の弟であるということで一乗院にも三好家の追手が迫り、身柄を拘束された覚慶はその監視下に置かれることになりました。

(実は義輝・義昭にはもう一人出家した弟がいたが、こちらは事件後すぐに殺害されている。 結果的に命を取られなかった義昭は幸運だったかも)


このまま不遇の一生を終えるかに思われた覚慶でしたが、そこに救いの手が差し伸べられます。

義輝と足利家に対する忠誠心を持った家臣たちが、『三好家に幕府を潰されてたまるか』と結束して助けに来たのです。

その中心となって動いたのは細川藤孝(ほそかわふじたか、この記事で紹介)と一色藤長(いっしきふじなが)。

はじめ”義藤(よしふじ)”と名乗った義輝から名前の一字を与えられるほど、厚い信頼を置かれていた2人の家臣です。

彼らの働きにより三好家の監視下から抜け出し、兄の無念を晴らすための戦いに身を投じることになる覚慶、のちの義昭。

しかし、その後の人生は当然のことながら苦難に満ちたものとなります。 さらに世の人々からは”流れ公方(流浪の将軍)”と噂されてしまうことに・・・


果たして、彼は奪われた居場所と誇りを取り戻すことができるのか? そして、我らが(?)織田信長の出番はいつ??

気になるところではありますが、ちょうどお時間となりましたので、続きは次回。

今回もご拝読ありがとうございました。

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