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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【人生(仮)】他人と比べて自信を失う”クセ”をどうにかするための、ブログ主なりの考察。

こんばんは。

2日前の金曜日の記事で言っていた”練り上げ待ち”の内容で、今日は書いてみます(忘れてなかった!)

テーマはタイトルの通り【他人と比べて落ち込む”クセ”を、どう克服すればいい??】です。


これを考えたきっかけはもちろん、ブログ主自身がその”クセ”を強く持っているからです。

いつから始まったかはもはや定かではありませんが、最近の例をあげると。

「あの同僚は自分より仕事が早いし、上司からも褒められている。 それに比べて自分は・・・」

「あのブログは大した事を書いている訳でもないのに(失礼)、自分のブログよりも読者が多い・・・」

「(ツイッターで)あの人は『おはよう』とつぶやいただけで何十人からいいねされるのに、自分がやっても無反応・・・」


とにかく、自分と他人を比べる材料があると、反射的に比べてしまうんですね。

そして大抵の場合はその観点において自分より優れているので、『自分なんて・・・』と自信を失ってしまうんですね。

まぁ、それだけならいつもの事だからブログに書こうとも思わないのですが、問題は別の視点にあって。


例えば、メンタル関係のお医者さんが書いた本とか、メンタル関連の症状をある程度自力で克服した人のブログ、

あるいは「自分に自信が持てない、自分はダメな人間・・・」と落ち込んだ人が検索するであろうネット上の記事などでは

決まって「他人と比べるのをやめたら、自信が湧いてくるよ!」という内容のアドバイスが。

多くの方がそろって口にするくらいですから、その見立ては確かに正しいのかもしれませんけど

当事者としては「それが出来るのならとっくにやってるし、こんなに苦しんでいないんだよぅ・・・」が本音だったりするわけで。

そう。 わかっちゃいるけど、やめられないんです。 わかっちゃいるけど、やめられない。 大事なことなので2回言いました。


人間というもの、「なくて七癖」とか「三つ子の魂百まで」という通り、一度心身に染みついてしまった習慣や考え方を変えるのは非常に困難。

その理由は、あくまで聞きかじりですが「その習慣や考え方の中に、無意識に利点(メリット)を感じているから」だそうです。

じゃあ『自分を他人と比べる』ことの利点って何だろう・・・と考えていると、思い当たるフシがありました。

「自分より優れている(と思っている)相手と比べて、劣等感を持って落ち込む」のは当たり前だけど

逆に「自分より劣っている(と思い込んだ)相手と比べることで、優越感を得ることができた」からではないか?と。


優越感。

思い返せば、これは限りなく”自信”と似ています。

「私は、アイツよりテストの点数が良い」 「私は、アイツより足が速い」 「私は、アイツより友達が多い」・・・

特に子どもの頃なら、比べる相手はだいたい「自分より程度の低い”アイツ”」であることが多かったのでは。

「”アイツ”に勝っている」イコール「自分はこれができる、能力がある」という”自信”に結びつくことは、私の経験上もありました。


ただ、学校を卒業して社会に出てからは、自分が勝てる(はずの)”アイツ”はなかなか見つからなくなるんですよね。

それは、自分の心も成長して「自分より程度の低い(と思っている)相手に勝っても、誇れることじゃない」と思うようになるから。

また、テレビやSNSを通して見聞きする人物は、ほとんどの場合自分より優れているから有名になっている、という事実も。

そして何より、あらゆることが高速化・効率化されつつある現代日本では、「できること」より「できないこと」の方が見えやすくなっている。


「何やってんだ」 「こんな事もできないのか」 「それでもプロ(正社員)か」 「これだから派遣(パート、バイト)は」 などなど・・・


常に「自分より優れている”誰かor何か”」と比べられて、価値観として刷り込まれてしまう面もあるのではないか、なんて。

そう思うと、これは”個人個人のメンタルの強さ”だけで片付けてしまえる問題でもないのでは、と。 

絶えずこうした不安や悩みを抱えた人に『心が弱いからダメなんだ、もっとガンバレ』は禁句とされていますが

他人の心の内面まで完全確実に言い当てるのはおそらく不可能なので、相手を余計に傷つける可能性もあることは確かです。


・・・ちょっと脱線気味ですので、話を戻して。

結局のところ、確実に「他人と比べるのをやめる」ための方法として、現時点で言えるのはただ一つ。

”他人と比べることのメリットを手放す”、つまり”他人と比べて優越感を得ることを諦める”ことになるわけですが。

「それだと”自信を失う”ことはなくなるけど、”自信を得る”こともできなくなるじゃん!」 心の中から、そんな声が聞こえてきますよ。

そうですよね。 ホントそうですよね。 大事なことなので(以下略)



ですが、ここで重要な気づきを与えてくれたのは、このブログでも以前に何度か紹介・引用している

北海道で工場経営と宇宙ロケット開発をしながら、全国の学校などで講演活動を行っている植松勉さんです。

植松さんもブログを公開していて、私も主にツイッター経由で更新された記事を読む事があるのですが

その中で何度かおっしゃっていたのが『”優越感”は”自信”とは違うものである』ということでした。


”優越感”は自分より低い相手と比べれば簡単に手に入るけど、自分より優れた相手に出会えば簡単に”劣等感”に変わってしまう。

そんなものは”本当の自信”ではない。

”本当の自信”は、過去の自分にできなかったことができるようになったとき、”自分が成長した実感”とともに得られるものである
、と。


これも、聞く人にとっては「そんなの分かってるし、できないから困ってるんだよ」となってしまうかもしれません。

ですが、今の自分にとって居心地が良くない場所に留まっていても、状況が自然に良くなることはほとんどない、とも感じます。

そして、自分で一歩も前に進まないまま”自信”を得られたとしても、それは単に”優越感”の基準が下がっただけに過ぎない、とも。

だとすれば、このまま(頼りない優越感にすがりつつ)劣等感を抱えて生きていくしかないんだ、と開き直るのも一つの方法だし

それに納得できないなら、自分の中に残った力を振り絞って、できなかったことをやって”本当の自信”をつかみに行くか。

あるいは「一人では何もできないから助けて」と、周囲の人や機関に向けて声を上げるか。
 

自分自身の問題として考えた時に、今思いつく解決策はこれくらいです。 傷つき、恥をかき、後ろ指をさされる恐れはあるけれども。


究極、「他人と比べること自体が無意味」という、”悟り”に近い開き直りもアリかもしれません。

「人間誰だって、最期は骨と灰になるんだ。 そこに優劣なんてない」 数日前、ブログ主が実際に思ったことです。 ・・・病んでますかね、私。


まぁそれは究極過ぎるにしても『自分のメンタルに対して強すぎる”劣等感”は自分を傷つけるだけ』と絶えず自覚すること

頼りない”優越感”を”本当の自信”に置き換えていけるように行動を起こしていくこと、この2点はやってみようと思います。


キーボードを打つ手にちょっと気合いが入りすぎて、長くなってしまいました。

明日はその反動で、あっさり味の記事になるかもしれません。 その時はご容赦を。

ではー。

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