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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【旅日記】新年度の穏やかな晴天の中、安芸国に行ってきました。 

こんばんは。

昨日のブログやツイッターでお伝えしていた通り、1泊2日の旅行に行ってきました。

実際は昨日の朝6時過ぎに鳥取を出て、今日の正午前には帰ってきたので『1泊1.25日』くらいなのですが(笑)

それでも2日間合計で7時間くらい車を運転して目と脳に疲れを感じたため、昼食後はちょっと昼寝してました。

では、いよいよ今回の目的地を明かすとしましょう(ツイッターではバレバレですが)。 

安芸攻城録1

『史蹟 郡山城阯』と彫られた石碑と、その横の案内板。(後ろの立派な民家は関係ありません)

これだけで”ピン”と来た方も(このブログの読者には)多いかもしれませんが、もう一つのヒント。

安芸攻城録2

立派な鎧兜を身にまとった、戦国武将の像。 そしてその下に書かれた名前は・・・


そう。 

わずか1代で中国地方のほぼ全域を支配する勢力を築いた、戦国大名界の”西の横綱”。 ご存知、毛利元就公その人です。

そして、ここは元就が毛利家の当主となってから亡くなるまで、一貫して本拠地とした『郡山(こおりやま)城』のある、広島県安芸高田市吉田町です。

一般的に、というか戦国時代ファンにとっては『吉田郡山城』の名で知られていますが、地元では単に『郡山城』で通っているのですね。

まぁこの城に関する細かいことは各自でググってもらうとして(いつものパターン)、ここからはブログ主目線からの(どうでもいい)情報を。


この(吉田)郡山城、現代の私たちがイメージする『お城!』的な、『天守閣』や『矢倉』のような建築物が残っているわけではございません。

「郡山」というくらいですから、元就の時代にお城があったのは山の頂上。 

商業や建築技術が進歩する戦国時代後期~江戸時代になると、平地でも充分な防御力を備えたお城も増えてくるのですが

元就が活躍していた頃は、地形的に『攻めにくく、守りやすい』山そのものを”お城”として改造することが多かったのです。

そのため、山のふもとにある博物館に併設された『郡山城の観光案内図』も、右半分の色の濃い部分はすべて”山”です。

安芸攻城録3

しかも、主要な観光スポットはほとんどがその山の上にあるという・・・ 3月までの仕事で足腰鍛えといてよかった(蒸し返すなよ)。


というわけで、博物館で”歴史のお勉強”をした後は、およそ2時間半かけて”城攻め”をしてまいりました(今の時期なら”ハイキング”ともいう)。

博物館で地図をもらったこともあり、迷うこともなく観光の名所を見物(というほど楽ではないが)、戦国時代に思いを馳せます。

その中から、スペースの都合もあって2点だけですが、ブログ主的おすすめスポットを紹介。


安芸攻城録4

一つ目は、ふもとから本丸(後述)に向かう途中、ちょうど山の中腹あたりにある『百万一心(ひゃくまんいっしん)』の石碑。

毛利元就といえば、3人の息子に遺した『三本の矢』の教え(史実かどうかは微妙)が有名ですが、この『百万一心』にもエピソードがありまして。

元就が城の工事を進めている時、何度作っても壊れてしまう場所があり、職人や住人が困っていたところ

元就が『この文字を石に彫って、基礎の部分に埋めてみよ』と命じて、彫らせたのがこの『百万一心』の四文字だとか。

実はこれ、漢字を分解すると『一日(百)、一力(万)、一心』とも読めることから

「毎日コツコツと努力し、心を一つに協力し合えば、できない事は無い」という元就のメッセージが込められており

それが効いたのか、石を埋めた後はその場所が壊れることはなく、工事は無事に完了したというお話になります。

(ただ、この描写は実際の逸話よりかなりマイルドに仕上げております。 怖いのが平気な方は『人柱』で調べていただければ)

私も写真でしか見た事がなかったので、実物を見ることができたのが嬉しかったです。 来てよかった。

安芸攻城録5

そして2つ目は、お山の頂上。 『本丸跡』という小さな石碑が立った、最も高い場所です。

繰り返しになりますが、現在の吉田郡山城には我々がイメージする『天守閣』的な建造物は残っていません。

なにしろ、元就の孫・毛利輝元が現在の広島市内にある「広島城」を建ててそちらに移り住んだ後、

江戸時代に入ってから『使わなくなった城を残す必要はない』と、建物の類はほぼ取り壊されてしまったので。

今も残るのは、本丸・二の丸・三の丸を分ける高低差と当時の石垣、そして険しい山道と木々ばかりです。

それでも、およそ500年前の元就がここからどんな景色を見ていたのかと考えると、胸が熱くなってきます。 どれ、私も城下を見下ろし・・・

安芸攻城録6

・・・と思ったけど、木々が元気良く育ちすぎて城下の様子は全く見えませんでした(涙)

実は山道を登る途中、ちょうど木々が途切れて城下を見渡せる”絶景!”と思った場所が1か所だけあったんですけど

「いや、ここより高い本丸跡からなら、もっといい景色が見れるはず!」と思って撮らなかったんです。 正直ちょっと後悔。

まぁでも、前から一度来てみたかった場所に来ることができて、嬉しさの方が強いですけどね。

次はどこに行こうか・・・ っとその前に、仕事見つけるのが先ですってね。 もちろんですとも。


では最後に、吉田の街で見つけた”かわいコちゃん”を紹介(旅先で何やってんだ)

安芸攻城録?

・・・って、人間じゃなくて”ゆるキャラ”でしたか。 私も初めて見ましたが。

帰ってから調べたら、安芸高田市の公式マスコットキャラクター『たかたん』だそうです。(詳細は市のホームページ⇒観光情報⇒たかたん)
 
着物には毛利家の家紋『一文字三ツ星』、たすきには『百万一心』、そしてイラストでは見えませんが背中には『三本の矢』

幼い子どもの姿をしていながら、何かにつけて元就をPRしているのが個人的にポイント高いです(知らんがな)。

考えてみればうちの周りで有名なのは”ねこ”やら”梨”やらで、人間の姿をしたゆるキャラはなかなか新鮮だった・・・かも。

次回は、会いたいゆるキャラ基準で場所を決めるのも・・・ だから仕事決めてからだって言ってるだろーが。


・・・はい、というところで今回の旅日記はひとまず終了。

明日以降は仕事探しと平行して、自分磨きもしないといけないですな。

それでも、ブログ自体はこれまで通り続けていけたらいいですけども。 どうなりますやら。

では、とりあえずはまた明日のブログで。

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