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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【戦国時代】”日本一?地味な影武者伝説”から生まれた、現代に残る言葉の話。

こんばんは。

今朝は北海道で震度5弱を観測する地震があったようです。

今週月曜日に島根県で震度5強の地震が起こったのが記憶に新しい(人によってはもう記憶にない?)ですが

ホント、地震はいつどこで起こるか分からないですよねぇ・・・ 最低限の備えはしておかないと、と改めて思います。


さて、今週も土曜日は戦国ネタを一つ消化するとしましょうか。

歴史好きには割と有名なエピソードかもしれませんが、このブログではまだ書いていないネタです。

戦国時代を舞台にした創作モノで、よく使われるシチュエーションに『影武者』があります。

刺客(忍者だったり剣の達人だったり)に命を狙われることも多かったという、戦国時代の大名たち。

万が一にもそうした”事故”で命を落とすことがないよう、『影武者』・・・言い換えれば『容姿や声が似ている、自分の身代わり』を用いたといいます。

武田信玄や徳川家康が『影武者』を用いたという話はよく知られていて、それこそ映画や小説のテーマにもなっています。

それを取り上げるのもいいのですが、私はそういう有名どころより”地味”な人物話の方が好きなので(要は”ひねくれもの”である)

映画化されることはまずないけれど、現代に残る”あの言葉”の由来になったとされるエピソードをひとつ。


戦国時代の大和国(やまと、現在の奈良県)に、筒井(つつい)氏という戦国大名の家がありました。

大和国には東大寺や興福寺(こうふくじ)といった有力な寺院が多数あり、その影響からか

代々の筒井氏の当主は”出家してお坊さんになる”のが通例でした。 これも重要な伏線だったりします・・・


さて、ある時の筒井家当主・順昭(じゅんしょう)は、若くして重い病に倒れてしまいました。

もう自分の命は長くないと悟った順昭でしたが、跡を継がせる長男(のちの筒井順慶・じゅんけい)はまだ2歳。

政治は遺った親族たちに任せればいいものの、合戦には絶対に出られないので他国に攻め込まれるのは避けたい。

そこで順昭は、病の床から家臣たちに”ある命令”を下します。 そして、その数日後に息を引き取りました。


順昭の死から少し後。

病床にある(はずの)順昭のお見舞い(と偵察)に訪れた、近所の大名の使者が城の一室に通されました。

隣の部屋は薄暗く、中央に布団が敷かれていて、そこに順昭(らしき人)が横になっているのが見えます。

順昭(??)と使者はあいさつの後に互いの近況などを話し、特に変わった様子もなく使者は帰っていきました。


さて、いったい何が起こったというのでしょうか??


勘の良い方はお気づきでしょうが、これが”日本一?地味な影武者”のお仕事です。

死の間際にあった順昭は、合戦だけでなくいわゆる”社交の場”での支障をなくすべく、手を打っていたのです。

彼自身も”お坊さん”であったことから、大和国中から自分と姿や声が似ている”お坊さん”を探させました。

そして、順昭(とその家臣)のお眼鏡にかなった”逸材”が、布団に寝ていた男の正体。 名前を『木阿弥(もくあみ)』といいます。


「あー、そういうことね」と思った方、ちょっと待って! 面白いのはここからなんですよ! 


この『木阿弥』さん、もとは奈良のお寺で慎ましく修行の日々を送っていたのが一転、

この国の”お殿様(ちょっと違うか)”の『一生のお願い』でお城へ招かれたものですから、暮らしぶりの違いにビックリ仰天。

でも難しい政治のことは筒井家の人たちがやってくれて、自分は時々訪れる他国の使者の相手をしていればいい。

食事や住む場所にも不自由しないのだから、お坊さんを辞めてこの生活を続けてもいいんじゃないかなー、なんて考えてました。


それでも、世の中は甘くないというか、いい事は長く続かないというか。

順昭の死から3年余り、家臣たちは6歳になった順慶の元服(成人)の儀式を行い、正式な筒井家の当主としました。

ここで初めて『順昭は実は死んでいた』という事実が対外的にも明らかにされ、『影武者』を使う必要もなくなりました。

木阿弥は『今までありがとね』とだけ言われて城を追い出され、慎ましい修行の日々に戻りました、とさ。

まさに天国から地獄、人生ジェットコースター。 これぞ「元の木阿弥(もとのもくあみ)」の逸話であります、と。


・・・うーん、引き留めた割には大したオチじゃなかったですね、スンマセン。

お詫びになるか分かりませんが、たぶん私にしか語れない補足の話を。

私が中学校で数学を教えていた頃、一度だけ修学旅行の引率に加わったことがあります。

その行先は定番の”奈良・京都”だったわけですが、奈良市内を観光中にバスガイドさんが

「みなさんは『元の木阿弥』ということわざを知っていますか~? 実は、奈良で生まれた言葉なんですよ~」と言い出して

前述のエピソードを語りだしたので、心の中で(あー、知ってる知ってる)と再三つぶやいておきました。

皆さんもバス旅行で奈良に行くことがあったら、聞けるかもしれませんよ~なんて。 (寺めぐり・城めぐりツアーなら確率高し?)


それでは、今日はこのへんで。 これ以上地震が続かないことを祈りつつ・・・

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