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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【雑感】ファンの数だけ”真実”がある。 だから(   )はやめられない。

こんばんは。

今日は天気予報が大当たりで、1日ずっと雨が降っていました。

これを見越して、昨日のうちに買い物を済ませていたので外出せずに済みました。

その分、ネタにできるような出来事にも出会えなかったわけですが・・・

なので今日は、結構長い事温めていた考え事を書こうと思います。


今日のタイトルを見て『(    )ってなんやねん! 手抜きか!?』と思った方もいるでしょうか。

その理由は記事の最後の方で言い訳しますので、まずは今日書きたいことから。

私が好きでよくブログのネタに使うものとして『歴史(ほぼ戦国時代)』があります。

もともと自分の中にある知識だけでなく、本やネットで調べた情報も織り交ぜつつ

『どのように書いたら、歴史に興味が薄い人にも読んでもらえるか』を考えながら、パソコンのキーを叩いています。


何度も書いている通り、このブログに来る人が歴史に詳しい人ばかりとは限らないことを念頭に置いているので

知識や情報を単純に並べただけでは、おそらく元から歴史が好きな人にしか伝わらない、というのが心苦しい。

そして、パソコンやスマホで調べれば出てくる情報をそのまま書くのは、何より自分が楽しくない。

例えば「この時の信長は、どんなことを考えていたのかなー」とかを自分なりに想像すると、ついついキーを打つ手が進んでしまいます。

私に限らず『歴史が好き、歴史の勉強が楽しい』と思える人は、ただ人名や年号を”知識”として覚えるだけでなくて

『その裏に隠れているもの』を自分なりに補完することができる人ではないかと思います。

(一応言っておくと、私が戦国時代にハマったのは社会人になってから。 今は歴史嫌いな学生さんも、喰わず嫌いはいずれ治るかもしれません)


そして・・・『その裏に隠れているもの』のことを、歴史ファンは”真実”という二文字で強調することがあります。

”真”も”実”も『本物、確かな物』とという意味ですから、それが二つ重なれば・・・ものすごく強烈な響きの言葉ですよね。 

もうそこには絶対にウソも間違いもない、100パーセント正しい、実際に起こっていたことなのだ、と。 

特に、発信力のある(あるいは読者や視聴者を得たい)研究者やマスコミは、新しい説や史料が発見されるたびに

『今までの常識は間違い! ”真実”はこうだった!』みたいに煽って、歴史ファンの支持を得ようとします。

まぁ気持ちは分かるんですよ、(自分の考えた)”真実”が世間から支持されるのは嬉しいし、煽った方が売り上げや視聴率も伸びますから。


でも、今日の私が本当に言いたいのはここから。

少なくとも私にとっては、事あるごとに世の中に”真実”が乱発されるのは、見ていて正直不快なんです。

彼らの言う”真実”は、あくまで『その研究者やテレビのスタッフが考えた範囲で、”可能性が高い”と判断した情報』に過ぎません。

確かに発言力(声の大きさ)のある人や組織が発する情報は、それだけ責任もあるので念入りに調べられている可能性は高いでしょう。

ただ、それを見て・・・極端な例だと、テレビ番組表に書かれた『今までの歴史は”ウソ”だった!』というコピー文だけを見て

『そうか、今までの歴史は”ウソ”だったんだー』と無邪気に信じてしまう読者や視聴者は、実は意外と多いのです。

自分で考えることをせず、他人の意見に”タダ乗り”する・・・ これは、実に危ういことだと思っています(それを助長する社会の仕組みも含めて)。


そして・・・ 私のような無名の歴史ファンも、自分なりに調べたり考えたり、時には旅に出たりした中で得た”真実”を持っています。

それを『お前の”真実”は間違いだ! 我々の”真実”こそ正しい!』と大上段からぶった斬られて、気分を悪くしないファンは(おそらく)いません。

これは、個人のファン同士でも起こり得ることですね。 「俺が正しい、お前は間違い」と言いたいものなんです、人は。

でもそれをやると、場合によっては人間関係に修復不可能な傷を残してしまう恐れがあると知っているので、やらないようにしているだけで。


もう時間もないので、とりあえずの結論。

”真実”という言葉には、『この話題でお前と議論する余地はない、俺が絶対に正しい』

大変強いメッセージがこもっていると(少なくとも私は)感じるので、あえてブログやSNSで使う際には注意が必要かな、と。

自分の中では”真実”であっても、違う角度から見ている他人にとっては、そうではないかもしれない。

まして、歴史上の人物が抱いていた心情や思考を、後世の”誰か”が完全に解明することなど

何かのはずみでタイムマシンでも発明されない限り、まず不可能なのだから。 (現代人同士でも、他人の心は読めないですよネ)


ただ、分からないものをあれこれ調べて考えて”自分なりの真実”を積み上げていく快感は、歴史に限らず”何か”のファンにならないと得られない。 

プロ野球ファンでも応援するチームが違うなら、同じ試合を見ていても”真実”は異なるだろうし。

監督の采配に『何考えてんだ! 俺ならこうする!』と言ってる父を見てると、それは父なりの”真実”があって

自分の知識や考え方、ひいては自分の人生経験が間違っていないことを再認識する意味合いもあるんだろうな、と・・・


なので、何かのファンになる経験はどんどんした方が、人生は豊かになると思うんですよ。 

タイトルを(    )にしたのも、最初は”歴史”と思ったけど『別に歴史に限ったことじゃねーや』と思い直したからでした(雑な伏線回収)

ただ、情報発信する時には、独りよがりにならないようにちょっとだけ気を付けて。 話し相手が”ドン引き”してたら、黄色信号です。

まぁ、ブログじゃ読んだ相手の反応がわかんないからねー。 ・・・コメントもらわない限り(催促ではありませんよ?)


調子に乗って結構書いてしまいました。 明日はあっさり味の記事になると思います。 では。

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