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そのブログ、雑食系につき ~新・気づかれないうちに~
1000回を節目に、プチリニューアル。 日記とか雑談がメイン、たまに戦国時代・時事ネタ・人生観など。
【関心事】学校におけるスポーツ指導は、”教育”の意識があるかどうか? (やや雑感寄り)

こんばんは。

今日、待ちに待っていた『前の会社(雇い主)からの書類』が郵送で届きました。

本社のある大阪は人口が多いためか、電話口で「事務処理に1か月近くかかることもある」と言われていて

「ホントは単に手続きしたくないだけなんじゃないの・・・?」と若干疑ってしまいましたが、これで一歩前進です。

次の月曜日にはさっそく地元のハローワークに行って、失業保険の申請と次の就職に向けた相談をしてくるつもりです。


ところで・・・今日の本題ですが、あまり明るい話題ではないです。

それでも、ここ数日ずっとニュースサイトやツイッターで情報に接して、モヤッとした気分があるのであえて書きます。

なるべく深刻にならず、短めに終わらせたいと思いますのでお願いします。


私が大阪に行っていた月曜日でしたか、こんなニュースが流れていました。

ある大学のアメリカンフットボールの選手が、試合中にボールを持っていない相手チームの選手に

背後から過剰なタックル(ルール違反)を仕掛け、その選手を負傷させてしまった(やった選手は途中退場させられた)。

その後、『ルール違反のタックルは監督が指示したのでは』とか『タックルした選手が退部する意志を示した』などの情報が流れ

さらに負傷した選手が所属する大学も『なぜこんな事になったのか、説明を求める』会見を開く事態に発展したあげく

タックルした側のチームの監督が今日になって「全ての責任は自分にある」として、監督を辞任することになったようです。

(私も大まかな流れしか知らないので、詳細が違ったらすみません・・・)


こうした”不祥事”が起こると、(当事者でない)世間は決まって犯人探しを始めるんですね。

今回で言えば「監督が悪い」とか「タックルした選手が」「大学の対応が」「政治が(←おい)」というように。

でも、誰が悪いと決めつけたところで被害者のケガの治りは良くならないし、この試合が無かったことにもならない。

もちろん、起こった事実を検証して再発防止を期するのは大事ですけど、それは当事者の仕事であって野次馬はお呼びでない。

誰しも人間ですから思うところはいろいろとありましょうが、事の成り行きを静かに見守る心がけも忘れずにおきたいものです。


で、この件についてブログ主(中学校での勤務経験あり)が思うことを一つだけ。

大学と中学校では事情が違うのかもしれませんが、やはり『学校』と名の付く場所で行うスポーツというのは

あくまで”教育活動の一環”として行われると考えるのが自然で、今回のプレーはそれに沿ったものだったのか、と。

中学校なら部活動ですが、その目標は”技術の上達”か”記録への挑戦”か、はたまた”試合での勝利”か。

どれが正しいかは置いておいて、その根底とすべきものは”人間としての成長”ではないか、と思います。

これは学校という枠に限らず、社会に出てからも必要とされる”素直さ”だったり”謙虚さ”にもつながります。


どれだけ優れた記録を出しても、ルールで禁止された道具や薬を使っていたとしたら、その選手は認めてもらえるでしょうか?

試合に勝ち続けるために、相手選手やチームを故意に傷つける行為を繰り返す選手を、応援したいと思うでしょうか?



思い返すと、普段は温厚な(?)私が部活動の指導中に最も厳しく生徒を叱った場面というのは

『練習開始時刻に遅刻し、練習に参加させてもらえないにもかかわらず、私語を続けている2人の生徒』に対してでした。

「君たちが私語をしている間に、他の部員は力をつけている。 どうやったらこの差を埋められるか、真剣に考えろ」くらいの事を言ったと思います。

私自身はスポーツの経験がほとんどないため、技術的なことは全くと言っていいほど指導できませんでした(常に監督やコーチの補助でした)。

それでも、私がこのように指導したことで2人は私語をやめ、練習に合流した後は率先して身体を動かしていました。

練習が終わった後、監督から「彼らの姿を見て、他の部員も引き締まった。 いい声かけをしてくれた」と褒めて頂いたのを覚えています。

その事は私にとって、彼らの”心の成長”を引き出せた経験として、自信を育てる一つの経験になりました。

同時に、彼らは間違いなく”素直さ”や”謙虚さ”を持っていて、それをふさわしい場面で発揮してくれたのです。


どんなスポーツにしても、プロの舞台に近づくにつれ、プレーの質や結果が問われることになります。

今回のような大学生、特に『名門』や『強豪』と言われる学校の選手であれば、”プロになる事が前提”という場合も多いでしょう。

しかし、”素直さ”や”謙虚さ”を忘れてプロとなった選手が仮に成功を手に入れても、先に言ったように大半の人は目を背けるはずです。

だからこそ、その指導にあたる方々には”目の前の結果”より先に”人間としての成熟”に目を向けてほしい、と思っています。

この件がどういう決着を見るのかは分かりませんが、学生とスポーツ(文化系もだが)の指導は”教育”と地続きである、と改めて認識しました。


・・・ちょっとのつもりが、昔語りを始めたら止まらなくなりました。 ごめんなさい。

例によって明日は軽めの話題にしたいです。 お楽しみに。

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